月のひかり

 目標があるからなのか、このひと月ちょっとの間に、我ながらちょっとびっくりするほど料理の腕が上がっているように思う──ただしあくまでも前と比べれば、だが。野菜はだいたい大きさを揃えて切れるようになったけど、みじん切りや千切りはいまいち。煮物とか焼き物は一人でできるけど、卵焼きと揚げ物はうまく作れない。
 そんな調子でも、最近は料理が楽しいと思っていた。ちょっとずつでも上手くなって、ひとつでも多くおいしいものを作れるようになりたい。そういう気持ちで料理するのがこんなに楽しいとは、今まで知らなかった。
 ……と舞に電話をした時に言ったら、「そりゃ、好きな人のために作るんだから気合いも入るよね」と冷やかしまじりに返された。確かに、それは否定しようがない。
 新しい料理を作る時は緊張するけれど、それ以上に、早く成果を見せたくてわくわくするのだ。
 最初こそ、鍋を焦がす大失敗をしてしまったが、その後はなんとかやっている。多少味加減とか煮え具合とかを指摘されることはあるけど、基本的には孝は嫌な顔をせず、全部食べてくれる。そういえば鍋の件の翌日、焦げは取れたから安心していいと、わざわざメールしてきてくれた。
 昔と変わらない、孝の優しさが嬉しい。
 思い出しながら紗綾はつい口元を緩めてしまう。その瞬間、正面の経済学部の子に「どうしたの」と聞かれ、反射的に「お弁当が思った以上においしくできてたから嬉しくて」と答えたら、全員に一瞬ぽかんとされた後、吹き出されてしまった。
「なんていうか、おもしろいね、池澤さんて」
 菜津子の言葉に、全員がうんうんとうなずく。
 彼女たちに悪意や皮肉が全然ないのは表情でわかるのだが、言われた方としては、どうリアクションしていいのか戸惑う。本当に考えていたことは別にあるだけに、急に居心地悪くなってきた。
「え、っと、わたしゴミ捨ててくるね。この袋もういらない?」
 誰かが何か言ったり止めたりする前にと、紗綾は素早く机の上のコンビニ袋やプラスチックパックをかき集め、テントの屋根の外へ出る。勢いで、ついでにこの際と町内会幹部の人に声をかけ、他の人のゴミ集めも手伝わせてもらう。
 一杯になった袋の口を結び、駐車場前のゴミ捨て場へ向かう頃には、食事を終えた学生がぞろぞろと駐車場へ戻ってきていた。入口にさしかかったところで、数人の男子学生グループと行き会う。
 その中の一人が紗綾を見て、笑いながら手を振ってきた。きょとんとした直後に思い出して、しばし固まる。どうにか愛想笑いを浮かべて会釈したが、できれば気づかずにいたかったのが正直なところである。
 少し重い気分で戻ると同時に、午後の作業開始の合図が出た。
「ねえねえ、さっき挨拶してた人って誰?」
< 24 / 70 >

この作品をシェア

pagetop