月のひかり


 じっとりとした暑さを感じて、目を覚ます。カーテンの向こうはすでに明るくなっていた。
 長い時間は眠っていないはずだが、感じるだるさや疲れは意外に少ない。しかし、気分はかなり重かった。
 慎重に起き上がり、隣で静かに眠っている彼女を見下ろす。
 紗綾の寝顔は、穏やかで、そして幼かった。むき出しの肩の丸みもまだ、子供っぽさの方が強い。
 とても、昨夜と同一人物とは思えなかった──力の限りにしがみつき、求めてきた女と同じだとは。
 化粧をしていないせいもあって、今の紗綾は高校生ぐらいにしか見えない。……実際、半年前までは高校生だったのだ。抑えられないため息とともに、顔にかかっている髪を払ってやる。手を耳の後ろへ回した拍子に、指先が小さなほくろに触れた。
 髪の生え際近くにあるそれの存在を、昨夜までは知らなかった。肩下までの髪はたいてい垂らされていて、目立たなかったから。
 昨夜はこのほくろに何度も触れた……指でも、唇でも。そのたびに繰り返された、声にならない声、息遣いが耳元によみがえる。
 体の奥の震えに、再びひきずられそうになる。
 孝は慌てて手を離し、ベッドからも離れた。
 着替えてから息を整えつつ振り向き、紗綾の肩までタオルケットをかけ直す。
 足音と、他の物音も極力立てないようにしつつ、朝食の準備をする。時刻は七時前。会社には行くが平日のように始業時間を気にする必要はないから、もともと少し遅めに家を出るつもりだった。
 なるべく長く紗綾を起こさずにいたいから、八時半か、いっそ九時前ぐらいにしようかと考える。あまりにも穏やかな眠りを邪魔したくない思いもあるが、一番の理由はやはり、目覚めた彼女に何と言ったらいいのか、まだわからないということだった。
 まともに目を合わせる決意もついていない──昨夜の自分は、かなり我を忘れていたような気がするからだ。あることに気づいた一時だけを除いて。
 そして自分以上に、昨夜の紗綾は冷静ではなかった。相応の理由、つまりひどく取り乱す出来事があったに違いなく、それが先日見かけた「彼氏」に関することだというのもほぼ確信している。
 紗綾は、助けを、あるいはなぐさめを求めてここに来たのだ。彼女の表情にも行動にも、ひたすら孝にすがりついてくる切実さがあった。
 昨夜は雲ひとつない空で、帰り道、街灯の少ないこのあたりでも、月明かりで案外明るかったのを覚えている。部屋の電気を消しても、薄いカーテンが月の光で淡く輝き、真っ暗にはならなかった。
 だから、途中から紗綾が、声を殺して泣いていたことには気づいていた。
< 45 / 70 >

この作品をシェア

pagetop