死ぬ前にしたい1のコト




・・・



「そんなに引っ張らなくても、大人しく連行されるのに」


あんな事件があったせいで、席に就いたのが始業ギリギリだったこともあり。
「端的に正確に、すべて」話すのは昼休みに持ち越された。
12時きっかりにユウは私の席に来て、立ってお弁当を持った途端、手首を握ってどこか人気のないところへ連れて行こうとする。


「気になって気になって、仕事どころじゃなかったの! 何で、当の本人はそんなにぼけぼけしてられるの」

「いやー、だってもう、諦めるしかないんだもん」

「……なに、どういうこと? もしかして、イチ、脅されてる? 」


大股で歩いていたユウの足がピタッと止まり、引きずられるように追いかけていた肩にぶつかりそうになる。


「……あ、えっと……」


社内の通路、手を繋ぐように歩いていて、今朝のような注目を集めないのは、ユウが女に興味ないと公言したからに他ならない。
見上げた先の顔は、実くんとはまた別のかっこよさだ。
彼が入社した時は本当に大騒ぎだったし、女性社員ばかりのこの会社では相当にやりづらかったようで、結果的に宣言せずにいられなかったらしい。
私よりも三歳下のユウは、あの頃は可愛かったな。
偶然大学が一緒なのが判明して仲良くしてくれて。『先輩』なーんて呼んでくれて。
それが今じゃ、年下どころかこんなお母さんみたいにしっかりしてて――。


「……はぁ……」


現実逃避に昔を思い出してると、盛大な溜め息が降ってきた。


「とりあえず、座って。食べながらでいいから、全部教えてよ。包み隠さず。……俺にならいいよね」


休憩室の隅っこの席を確保すると、少し声を和らげて言ってくれた。
そうは言っても、視線が気になりすぎて、まずは全部話すことにする。


「……タクシー、乗らなかったんだ」


何やってんだって怒鳴られると思ったのに、なぜかそこが気になったのかぽつんと言った。


「……ごめん。何かさ! 相当酔っぱらってて、ふらふら降りちゃったみた……」

「嘘、吐かないで。……泣いて、気まずくなって降りたんでしょ」


どうせ、すぐにバレる。
そんな相手がいてくれるのは幸せなことなのに、だからこそ下手に取り繕おうとするのは何でだろ。


「……俺には言えなかった? 愚痴るだけじゃ、全然足りないって。見ず知らずの他人連れ込んじゃうほど自暴自棄になってるって。……言えなかった。よな」


質問だったはずなのに、私の答えを待たずに結論づける。


(……うん。言えないよ)


嫌われたくないから。
見棄てられたくないから。
酔いに任せてこんなことしちゃうなんて知られて、さすがにユウも呆れ果ててるだろう。


「……で? 酔い潰れて朝起きたら、男と二人でお寝んねしてたって? さすがイチ」

「……うっ……。でもさ、だから実くん……あの子、全然そんなつもりないんだよ。タダ飯食べたいだけじゃない? 」


パクリ。
真面目な話は終わり、と言うように、ユウがサンドイッチにかぶりついたのが合図。
もぐもぐ咀嚼する彼に、こっちの調子も戻すことができてほっとする。


「馬鹿もちょっとくらい休んで言ってくれない。タダ飯くらいで見知らぬ女の家に住みついたりするわけないし。しかも、あんな可愛い顔した奴。何か裏があるに決まってる」

「……それもそうなんだけど。でも、本当に何もないしさ」

「と・に・か・く!! さっさと追い出しな? 怖いなら、一緒にいてあげるから」


サンドイッチの包み紙をくしゃっと一握りで潰して、コーヒーを一気飲み。
不安そうにしてたのか、少し迷ったように向かいから見つめて――わざとらしく雑に頭を叩いてくる。


「ん……」


不安の原因は、実くんというより。


(……久しぶりだな)


ユウは普段、ほとんど一人称を使わない。
久しぶりに聞いたのが『俺』だったのが、何となくもやもや胸の中につっかえていた。



< 7 / 59 >

この作品をシェア

pagetop