冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 否定の言葉を口にしながらも、蝶子の顔はますます赤く色づいていく。といっても、もちろん一線をこえてなどいない。ただ彼を思い出し、赤面してしまっただけのことだ。

「詳しく聞きたいから、今日は飲みに行こうよ~」
「いいね。私も今夜は飲みたい気分」

 すっかり盛りあがっているふたりに腕を取られるが、蝶子はふるふると首を横に振った。

「ごめん。今夜は……注文してた本を取りに書店に寄らないといけなくて」

 蝶子の左側に座っていた真琴がぼそりとこぼす。

「あのクソババァのせいね」
「うん?」

 蝶子は小首をかしげて真琴の顔をのぞき込む。

「ごめん、よく聞こえなかった」

 言いながら、蝶子は身体を反転させて真琴と正面から向き合う。蝶子は左耳の聴力が弱い。六歳のときにムンプスウイルス、いわゆるおたふく風邪をこじらせてしまったのが原因だ。聞こえないわけではないので日常生活に支障はないが、小さな声や極端に騒がしい場所などでは聞き取れないこともある。
 真琴はにこりと笑って首を横に振る。

「ごめん、ごめん。残念だなって言っただけ」
「ありがとう。いつも気を使わせちゃってごめんね」
 申し訳なさそうな顔で蝶子は軽く目を伏せる。蝶子の耳のことを知っているふたりは、できるだけ大きな声で話しかけるよういつも気を使ってくれているのだ。
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