冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
「じゃ、俺はこれで」
「は~い。今度はぜひゆっくりお話しましょうね」

 七緒はころっと声音を変えて、晴臣に手を振っている。彼を乗せたタクシーが見えなくなると、七緒はくるりと蝶子に顔を向ける。

「あんなイケメンがお姉ちゃんの婚約者だなんて信じられない! ずるい」

 七緒はぷぅと頬を膨らませて、蝶子を軽くにらみつける。

「ず、ずるいって言われても」

 蝶子と晴臣の婚約はまだ、紀香と七緒が観月家に来る前に決まったことなのだ。だが、七緒はにんまりと笑うと蝶子に耳打ちする。

「ねぇ。あの人、七緒にちょうだい」

 蝶子は一瞬、固まってしまい反応が遅れた。「えぇ?」と聞き返したときには、七緒は先に門を抜けて玄関へ向かっており、冗談なのか本気なのか真意を聞くことはできなかった。
 蝶子の背中を冷や汗がつたう。

(ま、まさかよね)

 必死にそう思おうとしても、胸の奥でなにかが燻る。ジリジリと焦げつくように蝶子を急き立てた。
< 35 / 188 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop