破滅エンド回避のため聖女を目指してみたら魔王様が溺甘パパになりました
悪役王女に転生してしまいました
「ここ、どこ……?」
私の言葉は、ギャァギャァと普通より激しめのカラスの鳴き声にかき消された。
 さっきまで真っ青だった空が、なぜかこの辺りだけ薄暗いように感じるのは気のせいだろうか。風もどこか冷たく感じるし、そこらじゅうの茂みからガサガサと音が聞こえなんだか怖い。
「ジェネシス様は先に中に入られましたので、私たちも行きましょうか。アイラお嬢様」
 きょろきょろしている私を静かに見守っていた銀髪の男が、私に声をかけた。
「お、おじょーさまって、私のこと?」
「ええ。お嬢様はジェネシス様の養子になられたのですから、敬称で呼ばせていただくのは当然です」
 そんな呼び方、されたことがない。〝様〟をつけて呼ばれるのは、お金持ちや偉い人だけだ。まさか私がそう呼ばれる日がくるなんて、夢にも思っていなかった。
「こちらが今日からアイラお嬢様が暮らすお家です。さあ、中へどうぞ」
「……ここが、私のおうち?」
 目の前には、孤児院とは比べ物にならないほど大きな古いお城がそびえ立っている。
この古城の話も、前に先生から聞いたことがある。森の奥地にある古城は魔王の住処で、周りには魔物がうじゃうじゃ生息していると。自ら好き好んでここへやって来る人間などひとりもいないとか。
 そんな場所が、今日から私のお家になるなんて。
 そう考えると、とんでもない恐怖が私を襲った。どこか夢でも見ているように考えていたこれまでの一連の出来事が、急に現実的に見えてきたのだ。
 ――中へ足を踏み入れれば、二度と出られないかもしれない。養子というのは嘘で、魔王や魔物の餌にされ、死んじゃうなんてことも……!
「そっ、そんなのむり――」
【ギャァ! ギャァ!】
 私の悲痛の叫びは、またもやカラスの鳴き声によって消されてしまった。
 そしてそのまま抵抗する暇もないまま、銀髪の男に手を引かれ、古城の中へと連れて行かれた。
 中へ入ってもジェネシスのところへは行かず、広い部屋へと案内された。建物の見た目は古いのに、部屋はとてもきれいだった。
「ここがアイラお嬢様のお部屋になります。好きなように使ってくださいね」
「えっ!? このお部屋、私ひとりで?」
「? はい。そうですが。誰かと相部屋になる予定はございませんよ」
「このおっきなふかふかのベッドも、ひとりで使うの?」
「ええそうです。お嬢様専用のベッドをご用意させていただきました」
 ……すごい。これだけの広さがあれば、孤児院の友達何人で寝られるだろう。こんな豪華な部屋は初めて見た。すべてがキラキラと光って見える。
 部屋に置かれている小物ひとつひとつを手に取り、じーっと観察する私を見て、隣からクスリと小さな笑い声が聞こえた。
「あのー……そういえば、あなたの名前は?」
 ずっとなんて呼べばいいかわからなかった銀髪の男の顔を覗き込み、そう聞いてみた。
「すみません。自己紹介がまだでしたね。私はグレン。ジェネシス様の側近であり、今日からお嬢様の世話係を担当させていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
 そう言うと、グレンはジャンパーのフードを脱いだ。すると、グレンの頭に獣の耳のようなものが生えていた。
「えっ!? なにこれ、本物!?」
「ああ。耳ですか? はい。私はワーウルフ。狼の獣人ですので。尻尾も生えていますよ」
 さ、さすが魔族が住む森。ワーウルフなんて、本でしか見たことなかった。もっと凶暴なイメージがあったけれど、グレンは人間の見た目に耳と尻尾がついている、ってだけなのであまり怖くない。
「え、えっと、グレンが私のお世話をしてくれるのね? ……まだここのことがよくわからないから、いろいろと教えてくれる?」
「はい。もちろん。その前に――挨拶へいきましょうか」
「挨拶?」
 私が首を傾げると、グレンはにこりと微笑んだ。
「あなたのお父様となる、ジェネシス様に会いに行きましょう」
「……やっぱり、そうなんだ」
 ここへ来てようやく、自分がどういう立場にあるのか再確認した。私は魔王の子供として、孤児院から古城まで連れてこられたのだ。
 グレンと共に、王室と書かれた場所へ向かう。グレンが扉をノックすると、視線と扉が開かれた。
 その先には、大きな金色の椅子に座ったジェネシスの姿があった。
「では、親子の時間を邪魔しないよう、私は一度退室しておきます。」
「え、グレン!?」
 私の呼びかけも虚しく、グレンは部屋から出て行ってしまった。
 ……どうしよう。なにを話したらいいんだろう。
 ちらりと目線をジェネシスに向ける。さっきは怖いと思ったけれど、今は不思議とそこまでの恐怖はない。
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