酔いしれる情緒


春はそんな私に怒ることも拗ねることもなく、「まあいいや」と笑顔を浮かべながら言った。





「その時になったら思い出すだろうし」


「はあ…」


「ただ、俺のことは絶対に忘れないで」


「……忘れるわけないでしょ。本屋に一ノ瀬櫂のポスターが何枚貼られてると思ってんのよ」





「嫌でも目に入るんだから」と付け足してみれば春は口を大きく開けて笑う。





「あははっ!それはいいや。」


「よくない」


「ああ、そっか。俺のことは好きだけど一ノ瀬櫂は嫌いだもんね?」





浮かべた笑顔が本当に憎らしい。






「…むかつく」


「怒っていいよ?」


「逆効果だからいい」


「よく分かってるじゃん」


「早く行けよ」


「はいはい。行きますよ~」






背を向けられるとそれだけで寂しくなってしまう私の心。


くっそ。コイツに依存しすぎだってば。






「凛」


「なに」






寂しさを紛らわすためにウィッグだけに視線を当てた。



そのウィッグはどこからどう見ても似合う人なんていないんじゃないかってぐらいにモサモサしているのに、そうであっても似合うコイツは魔性なんじゃないかと思った。



そんな魔性は振り向かずにこう言う。






「その時の凛が誰を好きになっていたとしても、誰と恋愛してようとどこにいようと。
凛は俺ので、必ず迎えに行くから。

……覚悟してね?」





コイツは何度私にその台詞を言わせたら気が済むのか。






「言ってるじゃん。



───────覚悟はもう出来てるって」






もはや誓いの言葉のようなものなんだから。


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