酔いしれる情緒
「あー…落ち着く。」
「んー…」と伸びをする彼の横で、私も彼と同じ方向を眺めてた。
「確かに、落ち着く」
「でしょ?」
「悪くないでしょ」と、微笑む彼を見て、なぜか鼓動が速くなった気がした。
落ち着いていた身体が急に落ち着かなくなって、必死に波の音を聞いて誤魔化す。
波の音は癒し効果があるかと思って。
「俺さ、疲れた時とか、よくここに来るんだよね。
いつ来ても誰もいないし開放的だし。
何も隠さないでいられると心の底から落ち着くんだ」
「……そんなところに私を連れてきて良かったの?」
コイツしか知らない穴場スポットって事だよね?
そんな大事な場所を、私に教えて良かったの?
「連れてきたかったんだ。
俺の好きな場所を、凛に教えたかったから。」
そう言う彼の横顔を見つめていれば、不意に目が合って、ドキッと胸が鳴る。
「俺のこと、知ってほしいんだよね。
まだほとんど知らないでしょ?
だから、これから少しずつ、教えていきたい。
凛が混乱しないように、少しずつ。
……俺がどんな人かを。」
真剣に、だけど優しい目。
この時、なぜかその瞳から逸らすことなんて出来なくて
ずっと眺めていたいと思った。
「………うん。知っていきたい。アンタのことを…」
波の音が、私の心を落ち着かせてくれる。
だけど、少し煩く鳴る鼓動はまだ落ち着かないまま。
私のその言葉に、優しく微笑む彼は
「じゃあ、もう一つ。知って欲しい事があるだ」
私の片手を軽く掴むと、自然とお互い向き合う体制になる。
「俺の名前は春。 これからそう呼んで」
ニコリ。
いつものように、彼は笑みを浮かべた。
春(ハル)
これがコイツの名前らしい。