すずの短文集
町の箱
その箱は誰も開けようとしない箱だった。

なんの変哲もない、飾りも無い、鍵も無いその箱は、小さな町の隅にポツンと置かれていた。

その町は穏やかな場所だったが、皆が幸せに暮らしていた。


一人の旅人がその箱を見つけ、その町の人々に尋ねてみた。

「どなたの箱なのですか?」

「町のみんなの箱だよ!」

子供が言う。

「何が入っているのですか?」

「大切なものさ。」

老人が言う。

「誰も開けないのですか?」

「開ける必要はないのです。」

若者が言う。

何が入っているのか、いつ必要なものなのか、誰も言わない。


夜になり、旅人はその箱を、誰も見ていないのを見計らって様子を見に行った。

(なぜ誰も中身を教えてくれないのだろう…?)

彼はたまらず、その箱に触れた。

重い。
ズッシリ、なんてものではない。持ち上げることができないほど。

そして箱の蓋に触れると、今度は驚くほど簡単に開いた。

何も入っていない。

しかし次の瞬間、彼の目の前は闇に包まれた。

「!!?」


再び目の前が少しずつ明るくなっていき、彼がようやく慣れてきた目で周りを見渡すと、町は様変わりしていた。

たくさんの人々が行き交い、変わった店が立ち並び、夜だというのにたくさんの明かりが付いていた。

見たこともない光景。彼は目を疑う。

そして、ガヤガヤという音は騒音に変わっていき、フッ…と、彼の目の前の景色とともに消えた。


暗い夜の月明かりに照らされたそこは、草木に覆われ、人が住んでいた様子が跡形もない程に何も残っていなかった。

唖然とする彼の後ろで声がした。

「開けてしまったの?」

「!?」

振り返ると小さな少女が立っていた。

「もう元には戻らないわ。人々は行ってしまった。でも、『地』にとってはどちらが幸せだったのかしら…?」

そう言って少女は消えた。


町は消え、人々は去り、そこに残るものは、静寂だけ……
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