鬼麟
序章
 街に轟くエンジン音と風に靡いた金色の髪が夜闇を切り裂くのを感じるのは、何よりも気持ちが良かった。背中を追ってくるのは総長と呼び慕ってくれる可愛い仲間たち。
 暴走族と呼べば嫌煙されるものの、その名を聞けば憧れと畏怖を抱く者も少なくはないだろうと言う自負があった。
 ――鬼龍(きりゅう)
 当時名を馳せていた暴走族であり、誰よりも強く在れた輝かしい過去。
 そんな鬼龍の総長、鬼麟(きりん)。それが私、篠原 棗(しのはら なつめ)の肩書き――だった。
 誰が呼び始めたのか、いつの間にか浸透し、果てには定着までしてしまった通り名。それに誇りはあった。尊敬をもって呼ばれるその名は自身にとって責任を負わせたものの、それを手放すには惜しいほどに心地よい世界を教えてくれた。
 しかし、それを失ってから知ったのは呆気なさと情けなさ。後悔に塗れた嗚咽を漏らせども、もう二度と名乗ってはいけないと決めたのは自身であった。
 理由は単純明快。積み上げた信頼を穢れた手が触れれば全てが霧散してしまうことを思い知ったからだ。
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