鬼麟
 振り向くと、どこへ行く気だと問いかける目とかち合う。答えようによっては行かせない、と言外に語る瞳に嫌気がさす。脅し、とは呼べない可愛いものだ。

「……私の答えに、誰が得をするの?」

 するはずがないのだ。ここにいる、誰も。
 それは無意味な質問であり、私をここへ縫い付けるための口実に過ぎないのだから。
 ならば、律儀に留まる必要は皆無だ。無駄なことをあまりしたいとは思えない性格上、これはどうしょうもないことだ。

「話は終わっていない」

 見かねた修人の低い声が威嚇を伴って地を這う。
 私が、怖がると思ってのことなんだろう。それでもその程度の安い殺気に狼狽える程、私は普通の女の子ではない。
 可愛げもへったくれもない。

「私は終わった。だからもう、関わらないで。大嫌いなの、あなた達みたいな不良は。私はあなた達を構ってる暇なんてない」

 今まで耐えていた本音を吐き出してすっきりする。関わるなというのは興味などないという証で、では大嫌いというのは一体何に向けた言葉なのか。突き刺さるその刃は、私へと向けられたものだ。
 そう言い残し、振り返ることなく歩く距離がいやに長く感じられる。言葉を失った彼らが流すのは重い沈黙で、自身の鼓動が鼓膜に直接響くみたいだ。
 きっと、言われたことなかったんだろう。“大嫌い”などという、存在の否定を。ましてや女の子に。傲慢なその態度に、さらに苛立ちが増してくる。
 やっと辿り着いたその銀色のドアノブに触れると、ひんやりとしたそれに思わず手を引っ込めそうになる。けれど逆に力を込めて回すと、ギィっと鈍い音を立てて開かれる扉。
< 26 / 219 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop