鬼麟
 私の目の前に歩み寄った修人が、あまりにも無意味なことを言うので笑いを堪えるのに必死だった。

「お前を一人にはさせない」

 そっと触れたその手を、私はとうに見限っているというのに、ただの自己満足の偽善だと罵ることすら億劫に思える。
 けれどせめて、そんな戯れ言は絵空事だと証明される日まで、と言い訳を見つけてその手に卑しくも縋ろうとする。
 あまりにも無知で、どこまでも純粋なその瞳に、暇潰しだと思えば我慢もできる。
 置かれた手を掴み、降ろせば光る瞳。

「信用も、信頼もしない。あなた達に割く心の余裕もないから」

 期待など無駄だと言っても、彼には何も聞こえていないのか、口角が上がるのに最早咎める気すら失せる。
 その関係はまるで薄氷の如く、叩けば簡単に壊れる代物だ。
 あんな想いをもう一度するくらいならば、これくらいの距離感が一番望ましい。
だから――

「私を切り捨てられるようにしておいて」

 彼等が壊れないための、大事な忠告。
 巻き込むことだけは避けたい。
 私にしか聞こえない声で言ったそれに気付く者はいなく、笑っていた。笑わないで、私に笑顔は向けないで。言う勇気もなく、そんなふうに隠したまま私は目を閉じた。
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