猫耳少女は森でスローライフを送りたい
 門番の一人と一緒に支えて歩く村長さんは、時折咳き込むようにして立ち止まってしまう。

 あまりにも辛そうなので、近くにあった腰掛けるのに手頃な大きさの切り株に、彼を座らせた。

 村長さんは獣化の少なめな狼獣人らしく、私と同じように人の体に耳と尻尾がついている。

「ああ、すまないね。どうにも、この咳の病が治らなくてねえ……」

 歳を重ねて顔に皺が増えてきたその顔を、クシャッとさせて、苦笑いをする。

「村長さん。私は森に住むチセと言います」

「うん、さっきこの門番に聞いたよ。薬を作ってくれたんだってね。とてもありがたいよ。ぜひ村で買い取らせていただきたい。歓迎するよ」

 そして、もう一度顔をクシャリとさせて笑ってくれた。

 そんな村長さんが、また咳き込んだ。

 私は、『買取ってもらって現金を得る』という目的のために村へきたのだけれど、苦しそうな村長さんを見ていること自体が、辛くなった。

 かといって、すぐに「買って飲んでください」と言うのも、なんだか苦しんでいる彼につけ込むように感じて、卑しさを感じてためらいを感じた。

 私は、切り株に腰を下ろす村長さんと目の高さを合わせるために、しゃがみ込んだ。

「村長さん。まずは、村長さんに一瓶飲んでいただきたいです。まずは無料です。買取をするだけの価値があるかを、村長さん自身が確認して欲しいんです」

 そう申し出ると、村長さんを筆頭に、ついてきてくれたアトリエの仲間たちも、門番二人も、目を見開く。

「チセ、君はお金が必要にゃんだろう?」

「うん、そうね。でも、この村からしたら新しい取引相手なんだから、まずは試用品を試すことも必要じゃないかしら?」

 私に尋ねてきたソックスに、私は返答して、彼の気遣いに感謝してにこりと笑いかけた。

「村長! ボクが保証するにゃん。この子は人を騙すような子じゃないにゃ。だけど、これは取引するかを決める場だから、まず咳の病を抱えている村長さんが試飲して確かめるにゃん!」

 ソックスはそう言うと、くまさんに声をかけてショルダーバッグの中を探り、私が作ってきた初級ポーションを一瓶取り出した。

「チセ、いいんだにゃ?」

「ええ、いいわ」

 すると、ソックスは瓶の蓋を開けた。

 そして、トコトコと村長さんの間近に来る。

「さあ、飲むにゃ!」

「だけど、私の病は、行商人が運んできた初級ポーションを飲んでも治らな……」

 遠慮なのだろう、断ろうとする村長さんの口に、ソックスは瓶の口を触れさせてしまう。

 ……ふふ。ソックスったら強引ね。でも、遠慮深い相手には良い方法かもね。

 微笑んで二人のやりとりを見守る私。

 村長さんは、そんな私に視線を向けて、「すまないね、もう商品にならないだろうし……」と言って謝罪する。

「大丈夫よ。さあ、飲んでみて」

「大丈夫、チセのポーションはそんじょそこらのものとは出来が違うぽよ!」

 私の頭上のスラちゃんも、村長さんを後押しする。

 何度も促されて、村長さんは半信半疑という様子で、ポーションを飲んだ。

「……おや?」

 ポーションを飲み終えた村長さんが、胸を自分の手でさすりながら、首を捻った。

「……胸から迫り出すような、そんな圧迫感がない……?」

「本当ですか! 咳は、咳はどうですか!?」

 村長に付き添っている門番は、まず目を丸くし、そして、嬉しそうに笑顔になる。

 そんな結果が待ち遠しそうな門番のために、私は村長さんに尋ねてみた。

「私、簡易版の鑑定スキルを持っているんですが、観てもいいですか? 治ったかどうか、わかるかも……」

「ぜひ、ぜひ! ね、村長、観てもらいましょう!」

 結果を早く知りたがる門番は、村長を積極的に提案に乗るように促してくれた。

「……まあ、観られて困る身でもないしね。じゃあ、チセさん。お願いできるかな」

「はい!」

 村長さんの許可もあって、安心して、彼の鑑定をする。

【ガルム】
 種族:狼獣人
 状態:健康そのものぽよ!
 レベル:年の功だけあるね
 魔力:すっくな!
 知力:さすが村長だね! 知識が豊富!
 力:さすが狼だけあるね!
 体力:強そう!
 性別:男
 年齢:五十歳くらい?
 固有スキル:切り裂く爪、突き破る歯牙

 ……ん。都合よく『状態』って項目が出てきたわね。
 しかも、()()って……。
 スラちゃん鑑定って命名しようかしら、このスキル。

「村長さん、確認できましたよ」

 私は、しゃがんだままの姿勢で、にっこりと村長さんに笑いかける。

「健康そのもの、だそうです」

「「おお……!」」

 村長さんと門番さんが、気色を浮かべ、驚きの声をあげる。

「私の長患いは、一般的な初級ポーションでは、治らなかったのだが。……これは素晴らしい薬師様が来て下さった! 歓迎しますよ、チセ殿!」

 村長さんは、私からのお墨付きをもらうと、私に謝辞を述べて、両手で私の両手を包み込み、固く友好の意を示したのだった。
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