猫耳少女は森でスローライフを送りたい
 後続のゴブリン達も、先頭で待っている同族達に追いつき、総勢十五体で村に向かってきた。

 すると、赤竜は私達と彼らの間に着地する。
 ちょうど、入口の一歩前で進行を塞ぐような位置だ。

 赤竜は私達に背を向け、やってくるゴブリン達に向かって、「ギャオオオオーーーー!」と叫んだ!
 それは、大気を震わせ、地から響くように足元を揺らす。
 そして、私達からは見えにくいのだけれど、竜の睨め付ける瞳を、ゴブリン達は無防備に見てしまったらしい。

「ヒッ!」
「ギャ!」
「ーーッ!」

 ゴブリン達は、全員その場に倒れ込むか、尻餅をついた。
 びっくりしすぎたのか、泡を吹いて気絶していたり、下腹部を隠している腰布を濡らしてしまっているものもいる。
 そして、そのまま、プルプルと動けなくなってしまったのだ。

「あ、今のうちに、縄で動けないように縛るくま!」
 すると、赤竜が指示したときに取りに行ったのだろうか、ちょうどタイミングよく、荒縄を集めてきた者達が駆けつけてきた。

「薬師様! 村中の縄を集めてきました!」
「ありがとう! じゃあ、ひとまずこの子達を逃げられないように縛ってちょうだい!」
 村人に、私がそうお願いしていると、大きな獣型だった赤竜の影が、小さくなっていくのが地面に映っていた。

 ……あれ?

 私が、その地面に映る影から上に視線を上げると、そこにはすでに赤竜はいなくなっていた。
 その替わりに赤い髪に青い瞳、そして側頭部に灰色のツノを持った少年が佇んでいた。
 着ている服は、この村で見る人々の誰よりも上質そうな生地で仕立てられていそうだ。

 じっと彼を見ている私と、彼の目線が重なる。
 そして、彼はおもむろに口を開いた。
「殺さないのか? こいつらは食糧を強奪しようと襲ってきたんだろう? それなのに、処分を保留するのか?」
 指示を出していたのが私だったからだろうか?
 驚きと奇異なものでも見るような目で、私を見て、そう問いかけてくる。

「うーん。だって、食糧強奪が目的なら、食糧が十分にあれば、彼らはもしかしたら、こんなことをしでかさなかったのかもしれないわ。それは、聞いて確かめないとわからないし、解決方法があるかもしれないじゃない」
 私に異論を唱える言葉と、彼があまりにも不躾な目線を向けてくるので、私は不満に感じて、軽く唇を尖らせながら答えた。

 そんな私の気持ちに気づいてなのだろうか?
 不意に、ぷっと口元を拳で押さえながら、彼が笑った。

「ごめんごめん。責めている訳じゃない。随分優しい考え方をするもんだと、……感心したんだ」
(まるで、俺の母上のようで。)
 そう、最後に言葉にされなかった彼の気持ちには、私は当然気づかない。
 でも、その笑顔に絆されたのか、ちょっと反抗したい気分だった気持ちはほぐれた。

「俺も手伝う」
「あ、私も!」
 そして、二人でゴブリン達の捕縛に協力しに向かうのだった。


 一刻ほど経つと、一体、また一体と意識を取り戻し始める。
 そして、上半身だけ起き上がるものも、そのまま横になっているものもいる。

 彼らの恐怖の対象であった赤竜はいない。
 けれど、そのかわり、体は縄で拘束されて、彼らは一箇所に集められ、その周りを村人達でぐるりと囲まれていた。

 その自分たちの置かれた状況から、事態を把握したのだろうか?
 ゴブリン達は、皆一様に項垂れた。

「失敗ゴブ……」
「食糧、持って帰れないゴブ……」
 そして、口々に目当てだった食糧を得ることができなかったことを嘆くのだ。

「お腹すいたゴブ……」
 そう呟いた後に、盛大にお腹を鳴らせた個体に、私はそばに近寄ろうとした。

「おい! 拘束しているとはいえ……」
 私の身を案じてくれるのか、赤竜だった少年に、行手を阻まれそうになった。

「話を聞きたいのよ。それに彼らを見て。もう、悪さをする気力はなさそうだわ」
 私は彼にそう説明して、行き先を阻む腕をするりとかわす。

 そして、一体のゴブリンの前にしゃがみ込んで、私は首を傾げて見せた。
「ねえ? どうしてこんなことしようとしたの?」
「……」
 私の問いには答えたくないようだ。

「ねえ。答えてくれないかな? あなた達は、食べるものに困っていただけなんじゃないの?」
「……森が」
「うん?」
 やっと口を開く気になったゴブリンの話を、私はまずは話したいままに話させながら、耳を傾ける。

「森の果物が減ったゴブ。土を掘れば出てきた美味しい根っこも、キノコもみんなゴブ」
「……そっか」
「俺の母ちゃんは、お腹に子供がいるゴブ」
「食べ物がないと、大変ね」

 そこでゴブリンの口は言葉を発するのをやめて、「ゴブーー!」と大泣きし始めた。
 周囲にいた他のゴブリンも、一斉に食べ物がないのだと訴えて、大泣きする。

「……それは、辛かったね」
 お腹が空くのは辛い。それに、妊娠している身内に十分な食糧を与えてやれないのは、とても悲しかっただろう。そう思うと、私も思わず涙ぐんできてしまった。

「……お前は、俺たちを憐んでくれるのかゴブ?」
 私と向かい合っていたゴブリンが、私の涙を見て、泣き止んで首を傾げる。
「うん」
 そう言って、私は彼の頭頂に、ちょこっと生えている髪の毛を撫でてみた。
 彼はそれに抵抗しなかった。されるがままに、撫でられている。

「でも俺たちは、悪いことをしようとしてたゴブ?」
「もうすぐ赤ちゃんが産まれるのに、食べ物がないんでしょう? 仕方なかったんじゃないの?」

「……でも、俺たちは悪いゴブリンだゴブ」
「わかっているなら、もう他の人から奪おうとするのは、やめよう?」

「でも、食べ物が……」
 ゴブリン達の攻撃意欲は落ちている。
 けれど、私の言葉には、じゃあ、どうするのだといった様子で、ゴブリン同士で顔を見合わせていた。

 そして、仲間や村人達、赤竜の少年がそれを見守っていた。
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