迷いの森の仮面夫婦

そういう話を聞くたびに「俺の所へ来ればいいのに」と何度も思った。  けれど実際桜子に離婚する気持ちなんてなかっただろうし、都合の良い時だけ俺に甘えて来るのも知っていた。

その手をずっと離せなかった。 ずっと想い続けてきた人を突き放す事がどうしても出来なかった。  あのクリスマスの夜もそんな日だった。

雪穂へのクリスマスプレゼントを持って、急いで病院を出た夜はとても冷えていて空からはまばらに雪が舞い落ちていた。

いつしか、常に側にいて笑顔をくれる雪穂をこんなにも愛していたんだ。

もう仮面夫婦でいるのなんて無理だ。 今日こそはこの想いを伝えよう。 もしも彼女に忘れられない人がいて、俺の気持ちを受け止めてくれなくっても
飽きるほど一緒に居て、何度だって伝えよう。 ―俺はこんなにも君を愛している、と。
そう決心した矢先だった。

「海鳳」

病院を出ると、入り口の前で赤い傘をさした桜子が待っていた。
困った様に眉を下げて笑い、薄い唇には色はなく少しだけ震えていた。
白い肌に、長い黒髪。 起きていても、夢の中でもずっと求めていた人だった筈だ。
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