今さら好きだと言いだせない
 翌日の月曜日、ドキドキしながら会社に向かうと、芹沢くんは先に出社していた。
「おはよう」といつもと同じように挨拶を交わしたが、私はあきらかにぎこちない態度を取ってしまい、自己嫌悪の念から机に頭を突っ伏した。

 ここは会社だ。普通に仕事をしなければいけないのに、朝からこんなことでどうするのかと心の中で自分を叱咤した。

 のそりと頭を上げたところで燈子が出勤してきて、「なにかあったの?」と声をかけてくれたけれど、さすがに芹沢くんと一夜を共にしたとは言えず、首を横に振って愛想笑いの笑みを浮かべた。
 
 “一線を越える”のは、重大なことだ。
 私の気持ちを知っている燈子に打ち明けたとしたら、彼女はどんな顔をするだろう?
 余計にややこしくなったとあきれるかもしれないな。

 しかし、私はこの先どうしたらいいかわからない。
 以前、彼から頬にされたキスですら私はノーカウントにはできないのに、今回は一線を越えて朝まで一緒に眠ったのだから、それを丸ごとなかったことにできるわけがない。
 そうなると真正面から受け止めるしかないものの、私はこういうところが不器用というか恋愛下手で。そんな自分がじれったくて、情けなくて、モヤモヤする。


 翌朝の通勤途中、会社の最寄り駅の改札を抜けたところで芹沢くんとバッタリ出くわした。


「おはよう。同じ電車だったみたいだな」

「う、うん。……おはよう」


 気恥ずかしさと気まずさから、私はうつむいたまま歩き出した。
 どうしてもあの夜のことが頭をよぎり、自然に接することができないどころか、顔すら上げられない。とりあえず息を整えよう。

< 143 / 175 >

この作品をシェア

pagetop