堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

22.大人の時間です(3)

 彼女と会うときはいつもこの店だ。特に約束をしているわけでもない。なんとなく彼女に会いたいと思ったときに足を向けると、偶然か必然か、偶々なのか運命なのか、彼女に会うことができた。彼女とはそんな関係。それ以上でもそれ以下でもない。だが、欲を言えばそれ以上のことを望んでいるだけ。それは、自分が勝手に。

 カランカランとベルを鳴らしながら、いつものその扉を開ける。それを開けると、自分に気付いた彼女は必ずその名を呼んでくれる。

「あら、アンディ」
 今日もカウンターで一人、グラスを傾けていた。濃い色の青いドレスが、部屋の淡い明かりを反射して、艶やかに輝いていた。町娘だ、と言っていたわりには、いつも違うドレスを身に着けている。そのドレスはどうやって手に入れたのか。もしかして、男からの貢ぎ物なのか。男がドレスを贈るのは、とそこまで考えたとき、それを振り切るかのように声をかけた。

「やあ、マリー。君はあいかわらず素敵だね」

「あなたもね」
 うふふ、といつものように上品に笑みを浮かべる彼女の口元を、己の唇で塞ぎたくなる衝動に駆られる。

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