堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます

25.大人の時間です(4)

 いつものバーにマリーはいなかった。たいていアンディが足を運ぶと、マリーはカウンターで一人、グラスを傾けているというのに。なぜ今日はいないのか。

「今日は、彼女は来ていないのか?」
 いつもの、と頼む前に、彼は目の前のバーテンダーにそう尋ねてしまった。

「そのようですね」
 バーテンダーは慣れた手つきでグラスを拭きながら、表情を変えずに答えた。

「いつものを頼む」
 アンディはそう言い、つまらなさそうにカウンターの上に右肘をついて、その手の上に顎を乗せた。そう、つまらない。つまらないのは、彼女がいないから。
 いつもの酒も美味しいとは感じない。そう、彼女がいないから。
 いつもと違うのは、彼女がいないから。肘をつきながら、いつものグラスを傾ける。

 カランカランと音を立てて扉が開くたびに、マリーが姿を現すのではないかと思ってしまい、ついつい顔をその扉の方へと向けてしまう。だが、そうやって扉が開くたびに現れるのは別な女性。そのたびになぜか表現できないなんとも言えない、黒いもやもやとしたものが心と腹の中に広がるような気持ちになる。
 寂しさ、という言葉があうのかもしれない。いや、一番は会いたいだ。

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