花笑ふ、消え惑ふ

吉原の手品師













気づいたら、吉原にいた。




「流ちゃん?大丈夫かい?」

「……ええ。すこし考え事をしていて」


廓詞(くるわことば)を嫌うお客さんもなかにはいたから、わたしは言われたら普通に話すよう心がけていた。


元々、廓詞は田舎から売られてきた者の方言や訛りを隠すためのもの。


わたしは生まれも育ちもずっと江戸だから、地方の訛りはなかった。




「考え事?なにを考えていたの?」

「口にするのも恥ずかしいほど、どうでもいいことですから」

「そう?……ねえ。あれ、いつものやってよ」


このお方は馴染みのお客さんだった。


一度、二度だけではなく、わたしのどこを気に入ってくれたのか、以降もずっと指名してくれている。


こうして床入りするようになってからも、情事のあとに世間話をすることは多々あった。




「もちろんいいですよ。では、今日はなにを?」

「この本なんだけど」


お客さんが懐から取り出した本に、思わず胸が躍ってしまう。

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