オトメは温和に愛されたい
霧島(きりしま)……先生……」

 教室の入り口に温和(はるまさ)。そうして彼のすぐ横に今一番逢いたくない相手(ひと)――「……川越(かわごえ)、先生……」
 が立っていた。

 瞬間、私、カーテン越しの西日を背負っていて本当に良かった、って思ったの。

 電気をつけていない教室はほんのりと薄暗くて……私の目尻に浮かんだ涙も、きっと逆光のお陰で入り口に立つ2人には見えていないはずだから……。

「俺たち、仕事のことでこれから打ち合わせすることになったんで……鳥飼(とりかい)先生はキリのいいところで帰られてください。――その……わざわざ待たなくていいんで」

 温和《はるまさ》が私に向かって、どこか言いにくそうに、彼にしては歯切れの悪い口調でそんなことを言うの。

 ねぇ、温和(はるまさ)。先に帰れって……それ、本気?

「あの、でも……っ」

 温和《はるまさ》と川越先生を2人きりで残したくなくて、待っていたいと言い募ろうとしたら、温和《はるまさ》に冷たい視線を向けられてしまった。
 俺の言うことが聞けないのか?って言外に言われているようで、それ以上言えなくなる。

 でも……なんで?
 温和(はるまさ)、今日は一緒に帰ってくれないの?
 私、どうしてもひとりで帰らないとダメなの?
 夜は? ――夜は……どうするの?

 沢山沢山聞きたいことがあるのに、温和《はるまさ》からはそういう一切の質問を拒絶するオーラが出ていて。

「……わかり、ました……」

 私は机に載せた手をギュッと握り締めて、やっとの思いでそう声を絞り出した。
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