オトメは温和に愛されたい
 私、この人に――喜多里(きたさと)先輩に……高校1年生の頃、こんな風に触れられた記憶(こと)がある。
 同性同士がスキンシップをはかるようなそんな触り方じゃなくて……もっとこう……。

 ぼんやりした頭の中、唇を割るように彼女の指先が口中に入ってきて、私は唇にギュッと力を入れた。

 嫌なのに。
 逃げたいのに。
 身体が固まったみたいに動かない。

 彼女が身にまとうフローラル系のこの香りは、私の身体から力を奪ってしまう。

***

 と、目の前が一瞬陰って、私はフローラルの呪縛から解放された。
 代わりにふわりと漂ってきたのは、大好きな石鹸(はるまさ)の、香り。

「――音芽(コイツ)に! 俺の彼女(おんな)に近付くなって、初日に(きのう)さんざん言ったよな!?」

 私に伸ばされていた川越(かわごえ)先生の手を払い退けて、私と川越先生の間に立ち塞がってくれているのは……。

「……はる、まさ」

 私はガクガクと震える情けない足を支えるように、温和(はるまさ)にギュッとしがみ付く。
音芽(おとめ)、すまん。遅くなった」
 少し息を切らした温和(はるまさ)が、申し訳なさそうにつぶやいた。その声にふわりと嗅ぎ慣れた彼の柔らかな石鹸の香りがあいまって、少しずつ呼吸と鼓動が落ち着きを取り戻し始める。

 大丈夫。()()()()()()()、私ひとりじゃない。

(あの、時?)

 無意識にそう思って、頭がズキンッと疼いた。
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