逆プロポーズした恋の顛末


お互い連絡をするのは、たいてい暇な夜。
翌日差し障るような仕事がなければ、そのまま飲みに行くパターンだ。
昼間に連絡を取り合うことは滅多になかった。

もしかして、祖母の件をようやく打ち明ける気になったのかもしれないと思ったが、電話の向こうの午来は、らしくもなく切羽詰まった声で問う。


『尽、おまえいまどこにいるっ!?』

「駅前だ」

『いますぐ病院に戻れっ!』

「は? んでだよ。勤務はとっくに終わって……」

『伊縫さんが、律さんが事故に遭った。大きな外傷はないが、頭を打っていて……』

「え……?」


律が事故に遭った、という言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。


「尽? どうしたの?」


茫然とする俺の腕を掴んだ睦美に揺さぶられ、我に返る。
電話の向こうで話し続けている午来を遮り、震える声で訊ねた。


「……容体は、」


『まだ処置中だ。横断歩道手前で停車中の車に後続車がツッコんだはずみで、押し出された車とぶつかったんだ。打撲はあるが、多量の出血も骨折もない。いまは意識もはっきりしている。ただ、倒れた時に打った頭部については、詳しい検査結果を待たないと問題なしとは言い切れないらしい』


今日は、脳外の医師も出ているはずだから、検査結果にすぐ目を通して貰えるはずだ。
一刻を争うような状況ではないと知って安堵しかけ、心配すべきは律だけではなかったと焦った。


「それで、」


こちらが訊ねる前に、察した午来が幸生は無事だと告げた。


『幸生くんは、ちょっとした擦り傷程度で済んだ。律さんが身を挺して庇ったからだ。いまは、泣き疲れて眠っている』


今度こそ、心のそこから安堵した。


「……すぐに戻る」


一度冷静さを取り戻せば、動揺も治まる。
いま、律が受けているであろう検査。その結果。それに対応する治療方針などがざっと脳裏に浮かぶ。


『尽。運転、無理するなよ? あとで俺が車を取りに行ってもいいし。タクシーにしろ』

「大丈夫だ」


電話を切り、睦美の手を腕から引き剥がした。

どうして、律と幸生に会うことより、睦美と会うことを優先させたのか、判断ミスが悔やまれる。


(律に真っ先に相談してくれと言っておきながら……)


まずは、律に睦美との縁談があったことを話し、その上で、会うべきだった。
たとえ、すでに出ている結論を言い渡すだけだとしても、事後報告にすべきではなかった。

真っ先に話し合うべき相手は、耳を傾けるべき相手は、この先の未来になんら関係のない人間ではなくて、律だ。


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