逆プロポーズした恋の顛末


必死に考えを巡らせるが、なかなか妙案が浮かばない。
そうこうしているうちに、探検を終えたらしい幸生と所長が、アンティーク調のレザートランクを抱えて戻ってきた。


「ママ! 宝物あったよ!」


確かに、いい感じに年季が入ったトランクには、お宝が入っていそうな雰囲気がある。
所長はワクワクしている幸生のために、いきなり開けることはしなかったらしい。

トランクを床に置き、幸生が開けるのを三人で見守った。

詰まっているのは金貨――ではなく、本人にとっては宝物、しかし他人にとってはガラクタ。
そんなものだろうと三人とも思っていたが、幸生が顔を赤くして持ちあげた蓋の下から現れたのは、本当に『宝物』だった。

義父のものと思われる、赤ちゃんの手形と足形の色紙。
家族写真を収めた数冊のアルバム。
子どもが描いたと思われる家族の絵。
真珠のネックレスとイヤリング。カメオのブローチ。ダイヤモンドの指輪。

そして、片方だけの結婚指輪が収められた小さな箱。


「宝物、いっぱいだね! あ、花嫁さんだぁ!」


ゴソゴソとトランクの中を探っていた幸生が、一番底から見つけたのは結構大きめな結婚式の集合写真。
大勢のひとたちの真ん中にいるのは、若かりし頃の夕雨子さんと所長だった。

どことなく見覚えのある外観は、老舗ホテルとして有名な『ザ・クラシック』かもしれない。
いまはリニューアルして、庶民でも特別な日に利用できるくらいにはなったが、昔はおいそれとは泊まれない超高級ホテルだったと聞く。さぞかし、豪勢な結婚披露宴だったと思われる。


「ここ、『ザ・クラシック』ですか?」

「ああ。義父が当時のオーナーと知り合いでね」

「いまでも綺麗ですけれど……夕雨子さん、まるで女優さん並みに美人ですね。所長も、男前ですし」


正装どころか、スーツを着ているところすら見たことがないので、モーニング姿には違和感があるけれど、上背もあるし体格もいいので、様になっている。


「この花嫁さん、ゆーこちゃんなの?」


幸生は、見知らぬ女性にしか見えない夕雨子さんを指さして、不思議そうな顔をする。


「そうよ。ずうっと若い頃のゆーこちゃんとおじいちゃん先生なの」

「ふうん? すっごくたくさん人がいるね?」

「そうね。結婚式だから……。所長、ずいぶん盛大な挙式、披露宴だったんですね?」

「ああ。義父は楽しいことが好きな人でね。病院関係者や取引業者、親戚、友人知人、大勢のひとを後先考えずに招いていて、バンケットルームでは収まり切らなくなってしまったんだ。それで、急遽テーブルを庭へ運び出して、いまで言うガーデンパーティーにしたんだよ。あのホテルの庭は素晴らしいし、初夏で、快晴だったから、ゲストも喜んでくれた。それに……」


かなり昔のことなのに、所長はまるで昨日のことのように覚えていると言って、くすくす笑う。


「ゲストには看護師も大勢いたから、ブーケトスは熾烈な争いの様相を呈してね。しかし、夕雨子は稀に見るノーコンだ。ブーケを受け取ったのは、離れたところでのんびり様子を眺めていた九十歳ちかいバアさんだったんだよ。連れあいが亡くなって二十年。そろそろお迎えに来てくれるだろうと思っていたが、もう一度結婚するまでは死ねなくなったと言って、みんなを笑わせてたなぁ」

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