逆プロポーズした恋の顛末


突然の問いに、戸惑う。
いままで、わたしの事情を慮って、所長は一度も幸生の父親について触れずにいてくれた。


「りっちゃんたちを見捨てたようなものだろう?」

「ちっ、ちがいます! 彼は、わたしが妊娠していたことを知らないんです。別れたあとでわかったことで。だから、彼には何の責任もないんです!」


尽が、故意に知らん顔をしているのではないと焦って説明すれば、所長は何とも言えない顔をした。


「何の責任もないなんてこと、あるものか。子どもは、ひとりでは作れん。そういう可能性がある行為をしておきながら、知りませんでしたでは済まされないだろう」

「いいんです! 彼に何かしてほしいとは思っていないし、むしろ幸生という存在を与えてくれたことに感謝しているくらいです」

「りっちゃんはそうでも、幸生くんはちがうかもしれん」

「幸生?」 

「さっき、小さな声で訊かれたよ。『パパ』は、英語で何ていうのかと」

「…………」

「いままでは、何となく感じていたこと、ぼんやりと考えていたことも、これから先はどんどん言葉にできるようになってくる。疑問をそのままにしてはおけなくなる。でも、子どもは親のことをよく見ているから、訊いてはいけないことは口にせず、呑み込んで、我慢してしまうんだよ」

「我慢……」

「お節介は承知で言わせてもらう。幸生くんの父親と話し合うべきだ。りっちゃんが、子どもを産みたいと思うほど惚れた相手なんだ。大事な人たちをないがしろにするような人間ではないだろう?」

「……そう、ですけれど、」


だからこそ、別れようと思ったのだ。

わたしが妊娠していると知ったなら、尽は躊躇うことなく責任を果たそうとするだろうと思ったから、伝えなかった。

混乱し、動揺し、何も言えずにいるわたしを見つめ、所長は優しく笑った。


「りっちゃんが、いろいろ考えた末に選んだ道を否定はしない。ただ、その時は正しいと思ったことが、あとからまちがっていた、もっと他にいい方法があったと気づくこともあるだろう。大切なのは、まちがわないことじゃない。まちがっていたかもしれないと気づいた時、見て見ぬふりをして、素通りしないことだよ」


そう言い置いて、玄関を出ようとした所長は、ふと「もう一つあった」と肩越しに振り返り、何の関係もなさそうな情報を付け足した。



「ちなみに、代理の医者は独身だ」


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