そろそろ喰ってもいい頃だよな?〜出会ったばかりの人に嫁ぐとか有り得ません! 謹んでお断り申し上げます!〜
「もちろん。約束しよう。ただし――」

 そこまで言って、御神本(みきもと)さんがスーツの内ポケットから一葉の書類を取り出した。

 もぉ、何なの、何なの。
 学費を出していただいた借用書とかかしら。
 こんなことしてる間にお料理、冷めちゃうよ?
 後で良くない?

 そわそわと眼前のうな重とお吸い物を気にしていたら「これにサインをくれたら、ね? 食事もそれからにしよう」とか。

「確認なんですけど……サイン()()でいいんですよね?」

 サインひとつで目の前の美味しそうなお料理も、まだお目にかかったことすらない(ひつ)まぶしや肝吸いも私のもの?

 ふふふ。

 サインのひとつやふたつ、お安い御用よ?

 だって日本では署名の横に捺印がないと、どんな書類もあまり効力を発揮しないんでしょう?

 私、今日は印鑑持ってないし、いざ捺印を迫られてもない袖は振れないわ。
 持たざる者の強みってやつね。

 薄茶色のA3サイズが2つ折りにされたと(おぼ)しき用紙の下部の方を指さされて、同じくスーツのポケットから取り出された高級そうなボールペンを手渡される。

 お腹空いたーって思いながらサラサラッと名前を走り書きしたら、書き終えたと同時にギュッと手を握られて――。
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