そろそろ喰ってもいい頃だよな?〜出会ったばかりの人に嫁ぐとか有り得ません! 謹んでお断り申し上げます!〜
村陰(むらかげ)花々里(かがり)、だね?」

 1ヶ月以内の立ち退きを言い渡されてしまった古めかしいアパートを見上げて呆然と立ち尽くしていたら、背後からいきなり声をかけられた。

 聞き覚えのない若い男性らしき声にフルネームを呼ばれて、条件反射のようにビクッと身体が跳ねる。

 だってこのところ、学校やバイト先以外で人から名前を呼ばれても、ろくなことになった覚えがないんだもの。

 お母さんが倒れたと病院から電話がかかってきた時もそう。

 つい今し方だって、バイトから疲れきって帰ってきた途端ここで大家さんに呼び止められて、退去の打診をされたばかりなのよ。


***


 恐る恐る背後を振り返ったら、高そうなスーツに身を包んだ、オールバックの若い男が立っていた。

 誰このイケメン。
 私の知り合いにこんなハンサムな青年なんていないはず。

 ホストか何かの客引き?
 いや、そもそも私、ホスト遊びなんて出来るゆとりなんてないの、この安普請(やすぶしん)のアパートを悲壮感たっぷりに見上げてる時点で察して欲しいんだけど?

 あ、それか……もしかしたら借金取り的な?
 最近のヤクザ屋さんはチンピラでございって雰囲気ではないと聞いたことがある。特に上層部は。
 お母さん、私が知らないところで何か良くないお金を借りていたりなんてこと……ないよね?
 借金のかたに身売りしろ、とか言われても私、男の子とおつきあいしたこともないような干物女子(おんな)よ?
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