マエノスベテ

12
 彼が名を答えると彼女は、あと一人を先にと言った。

「あと一人は、近くのアパートに居ますが夜中に窓の下を見たらね、歩道から此処にあるのと同じケーキをお土産だと見せてくれました」

 そう言って、彼は台所のそばの棚の上に置かれた苺のたっぷりのったケーキを指差す。
意識するととたんに、この部屋だけやけに強く甘いにおいが漂っている気がしてきた。
それは近くの店にさりげなく売っていそうな上等の出来だった。
「どちらも当たっている、と思います!」

彼女も頷いている。

「石鹸のかた、特に親切に来てくださる方です」

「そうですね。僕もそう感じます。
他あと二人もおおよそ同じような土産を頂いたのではないですかな」

ぼくはふと思い出した。
香水などをあまりつけないおせっかい叔母さんが少し前に微かに花の香りを纏っていたこと。
「花だ、そうでしょう?」

「ええ、茶会のときに、自室につかう装飾品を作りすぎてしまったのでお裾分けいたしました」

「なるほど、いいですね」

彼は頷きながらふとぼくを見た。

「何か?」

顔を近づけると彼は小さく囁いた。

「甘いものが食べたいのかな。目がキラキラしている」

「少し」

ハハハと、彼は愉快そうに笑った。
「少しねぇ。帰ったら何か買いに行こう」

夜になると耳が生えやすくなるので、なるべくなら夜中にならないうちが最適だった。
帽子があるとはいえ、用心してしすぎなことはない。
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