マエノスベテ

18
「祖母が機嫌が悪いと、この家で、教室が開けなくなります、それで、どうにかならないかと思うのです」

 彼女はケーキを切り分けながらそう言った。現在は大学を辞めて働き出したたあたりのようだった。

「給料が高いわけではないですが、それなりに生きられればいいと思うの」

日本は学歴社会だけれど、みんなが知っているあの有名な会社の経営者、社長などのいくらかは、実は大学を辞めて会社を建てているのだという。
日本もいづれはそうなるかもしれないと『彼』は続いて呟いた。
「いろんな年齢が入り乱れてるだろ、僕もあのギャップが受け付けないね。大人は働くものというイメージがありすぎたのだと思う」

そういうものだろうか。
大人は働くものというイメージは、とはいえ、ぼくも強い方だった。家庭の事情で、家族は常に忙しなく働いていたと思う。それが同クラスの学生となればイメージとギャップが生まれるのは仕方のないことだ。

 高校生だったぼくはちょうどそのあたりに神経質になっていて「どうしようか」と改めて悩んでいたために、この話題には真面目にならざるをえなかった。少し前にオープンキャンパスがあったけれどどこかお嬢様、お坊っちゃま、学生気分の大人のための場所、というか、そんな感じがぼくもいくらか馴染めなかったりして居る。
 もしかするとこうした『無理をしない』道もあるのだろうか。そう考えると少しだけ視界が開けるような感じがした。


 「はい、どうぞ」と出されたケーキはわざわざ客用に用意されていたらしく、流れでご馳走になることとなった。

「ちなみに……これが初めてですか」

細いフォークを渡され、それぞれ受けとるなか、彼が質問する。
「機嫌を悪くされたのは」

「初めてでもありませんが、そう、滅多にないのです」

「なるほど。ちなみに茶会というのは、教室の人たちの集まりですね?」

「えぇ、そうです! そうでなく友人をここに招いたのはあなたたちで久しぶりです」

2019/04/08 20:40





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「それは光栄です」

 彼、はにっこり笑って返事をした。

 改めて、ただ空気が悪くなっただけでなく会で起きた何かによって、周りにまで取り返しがつかないかもしれない事態だということがわかったが、当事者は、今どこでどうしているのだろうか。
機嫌さえなおればいい、というのは思い出や年月の対価には安すぎるような気がする。

「しかし、年齢層は不思議です。
なにしろ、ウシさんだけが恐らく周りの倍近い歳上であるように見えます」

彼は遠慮なしに言い放った。
その会自体に、ウシさんが馴染んでいるとは我々からしたらあまり思えなかった。
彼女は少し寂しげに微笑んだ。
「場をまとめるべく、仕切りを張り切るなど、尽力してくださいますよ。楽しいふれあいの場が保たれるために懸命に」

しかしそれは、あまりに空回りしている発言だとその場に居た誰もに思えたと感じるが、あえてぼくらは苦笑にとどめた。


「此処によくいらっしゃるおせっかいな叔母さんからは、ウシさんがやけに仕切るようになったのがつい最近と聞きました」

そんな話があっただろうかと、ぼくは彼を見上げたが、彼はちらりとぼくを見て今それを言わないように合図した。
2019/04/13 23:20
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「えぇ、そうですね、そんな気がしますわ」

 気を遣うのか曖昧に濁しながら彼女は答えた。汗でもかくのかエプロンの裾で、手をしきりにぬぐっている。

「ああ、そうだところで、昨日知り合いからブルーベリーティー用のバッグを戴いたんで、此処にあるんですが、お好きですか」
 彼女の動揺と対極的にいつの間に用意していたのか、彼は穏やかな様子でポケットから取りだしてそれをひらりと振った。
「素敵! 折角ですもの。このまま席で一緒に戴いて良いかしら」
「もちろん」

 ぼくと彼は頷いた。
程なくして、カップを暖めるために熱い湯が注がれる。
彼女がそれをこなしながらも何やら苦悩した表情だったのが何だか気にかかってしまった。

「実は、叔母さんから聞いた話には続きがありましてね、

ティーバッグがひとつめのカップに浸かる間に彼は言う。

「それがどうにも、叔母さんに直接文句を吹っ掛ける程の怒りであったということですから、彼女が原因かもしれません。

もしもその話し合いで済めば、開けないだなんだというような話にはならない気がしますが」

「わかります、解決なさらなかったでしょう?
だから問題なのです。
皆、何に対してそれほどまで怒るのかに見当が付かなかったために止めるにも止められず、仲介ともいかず……ただ、激しい怒りを時折り聞くのみです」

「貴女には、何か?」

「いいえ、特には」

葉が湯からはずされ、お茶が入れられたカップに一旦蓋を被せながら彼女は首を横に振って、棚を見上げた。

「棚にジャムがあったはず……」
「お節介叔母さんのそのときの格好は記憶にありますか」

「なぜ、そのようなこと」


「派手なのがいけない、と言うような苦情だったと聞いたのでね」
「……花柄の、前にテレビで観た、オオサカで昔流行ったと言われる強烈な色使いの花柄のスカートと、黒い上着でしたよ。派手なのはいつもです」
2019/04/19 23:33
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