壊れた少女は少年にキスをする
 2


 五年後――。十月第一週。
 十六時。
 優木千尋はアルバイトへ向かう為、家を後にする。玄関先。左足をひきづりながら愛依子は千尋を見送る。
「ちひろ、頑張ってきてね」
「めいちゃんと離ればなれになるの寂しい~」
「私も寂しいけど、でも千尋がね、私のために頑張ってくれて嬉しいよ」
「うん! 僕はめいちゃんのためだったらなんでもできるから!」
「ふふふ……」
 愛依子は微笑する。透き通るように白い肌。人形のように整った顔。けれどどこか垢抜けない。
 千尋は外に出る。四階の自宅マンションからエレベーターで一階へ。エントランスをくぐり、街へ出かける。十八歳。年齢的には高校に通う年頃だが、学校には行っていない。少し歩いて、繁華街へ。千尋は時給のいいホストクラブで働いている。未成年であるが、客には二十歳と偽っている。店長は実年齢を把握しているが、事情があり千尋を雇っている。接客は夜からだが、搬入等の裏仕事を手伝うために、早めに出かけた。
 すぐに繁華街。カラオケやラブホテルが建ち並ぶ。
 千尋は無垢な顔で街を歩く。十八歳とは思えないほどに幼気で、純粋な表情。声も高く背も小さい。そんな要素が童顔に拍車をかけ、ホストクラブの客からは人気がある。

「千尋くん!」
「……?」
「どこ行くの? 千尋くん!」
「……」
「あ、ごめんね! いきなり声かけて。もしかしてあたしのことわからない……、わけじゃないよね?」
「……あ、ごめんなさい。僕、行くところがあるので」
「あたしだよ! ゆず葉! 広瀬ゆず葉! 久しぶりだね! 千尋くん!」
「……ごめんなさい、僕急いでいるので」
「待ってよ! 千尋くん! ちょっとお話ししようよ!」
「失礼します……」
「千尋くん!」

 声をかけてきたのは高校の制服を身に纏った広瀬ゆず葉という名の少女。黒髪ボブにスラリと長い手足。日焼けして健康的な肌。ゆず葉は快活な性格で人当たりがよかった。
 千尋とは中学校の同級生である。ゆず葉は千尋のことがずっと好きだった。告白をしたこともあるが、うまくいかなかった。そして千尋と愛依子の血生臭い物語を側で見てきた一人でもあった。

「ごめんなさい。失礼します……」
「千尋くん、ちょ、ま、待ってよ!」

 千尋はゆず葉と視線を合わせることもなく、その場を後にしようとする。オドオドとしていて自信なさげ。愛依子の前で見せた無邪気さが嘘のようであった。

「ち~ひ~ろ、くん! ま、待ってよ~」
「……ッ、は、離して下さい!」
「お~は~な~し、しよーよ! ね?」
「やめて下さい」

 ゆず葉は千尋の手を掴んで引っぱる。千尋は抵抗し、拒絶する。押し問答になるが、すぐに手は払いのけられ、千尋は早歩きで去って行く。

「千尋、くん……」

 ゆず葉は去って行く千尋の後ろ姿を眺め、あのころのことを思いだした。
 初めて出会った時、かっこよかった男の子のことを。
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