僕惚れ①『つべこべ言わずに僕に惚れろよ』
*蝉時雨の中で
葵咲(きさき)ちゃん」

 幼いころ、二人でよく待ち合わせした神社の鳥居(とりい)の陰。

 そこから突然現れた僕に、明らかに動揺する彼女。

理人(りひと)……」

 長く伸ばした艶やかな黒髪を、ポニーテールにした葵咲ちゃん。
 彼女の通う高校の夏服は、半そでのセーラーに、黒のプリーツスカート。胸元には臙脂(えんじ)のセーラースカーフを巻くスタイルだ。
 セーラーブラウスは白地が基調だが、襟の部分だけ黒布になっていて、そこに3本の白い縁取りのラインが引かれているのが目を惹く。

 彼女を一目見て、スカート丈が極端に短くなっていないことに安堵(あんど)した僕だったが、髪を1つに束ねてアップにしているせいで、うなじが丸見えだったのには、言いようもない不安を感じた。
 僕以外の男たちが、彼女をどんな目で見ているんだろう?と思うと胃の奥から苦いものが込み上げる。

 だが、とりあえず今は彼女の美しい首筋が見られてラッキーだと思うことにした。

 僕の呼び声を受けて振り向きざまに見開かれた大きな瞳と、急に立ち止まった衝撃で揺れるポニーテール。少し汗ばんだ首筋に張り付いた後れ毛……。

 彼女の髪が揺れた瞬間、ふわりと彼女の(かぐわ)しい体臭が鼻孔(びこう)をくすぐった。僕が知っている彼女の香りとは少し違う、だけれどとても甘美な芳香。多分、シャンプーの銘柄を変えたんだろう。
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