僕惚れ①『つべこべ言わずに僕に惚れろよ』

1.side-Kisaki-

 ベッドで規則正しい寝息を立てている理人(りひと)の寝顔を見つめる。

 額に巻かれた包帯が痛々しくて、葵咲(きさき)は壊れ物に触るように彼の髪にそっと触れた。

 触れながら少し顔を近づけて彼の顔を見つめていると、思いのほか長い睫毛(まつげ)が、目元に小さく影を落としているのと、薄く開かれた少し血の気を失った唇ばかりに目がいってしまってドキドキする。

 カーテン越しに差し込む陽光は柔らかくて……そんなに強い濃淡は付いていないけれど、血の気を失って少し蒼白な彼の顔とあいまって、とても艶めいて見えた。

 周りに誰もいないのをいいことに……そして理人自身の意識がないのをいいことに、葵咲はそんな理人の唇に吸い寄せられるように軽くキスを落とした。

 童話なんかだと、お姫様は王子様のキスで目を覚ますけれど、現実ではどうだろう? キスを受ける側とする側の立場が逆な時点で無効だろうか。

 ふとそんなことを考えてしまう。

 理人はいつになったら目を覚ましてくれるんだろう?

 随分前から……ともすると出会った瞬間から、自分は彼に惹かれていたのではないかと思う。
 でも、その気持ちは恋心ではなく兄への恋慕のようなものなのだとずっと信じていた。

 幼い頃、ある夏の日にアポなしで理人の家を訪れ、たまたま彼の裸を見るまでは、その気持ちに疑問すら感じていなかった。
 でも、あの瞬間から……確かに葵咲の中で理人は兄ではなく、異性として認識されたのだ。

 目を覚ましている理人には、何となく意地を張ってしまう。いや、兄という壁をとっくに自分が突破して、彼を男として見ているのだと……理人と同じ気持ちなのだと気付かれるのが何故か怖くて素直になれない。
 そこを認めてしまったら、今まで築いてきた生温い関係を壊してしまいそうで嫌だったから。

 なのにーー。

 口付けと同時に、眠っていたと思っていた理人に、ベッドサイドについていた手を掴まれて、葵咲は驚いて飛び上がりそうになる。

 急いで身体を起こそうとすると、それを予測していたようにもう一方の手で頭を捉えられて、半ば倒れるように理人の上に載ってしまった。

「っ……!」

 彼の胸に押し当てられた耳から、理人の鼓動が聞こえている。そのことがやけに恥ずかしくて、身体を引き離そうとしたけれど、理人の力のほうが強くてまるで縫いとめられたように動けなかった。
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