僕惚れ①『つべこべ言わずに僕に惚れろよ』
 まぁ、僕は葵咲(きさき)ちゃんに初めて会ったあの日から、彼女の全てを自分のものにしたいと恋焦がれてきたのだから無理もない。
 彼女が高校生になるまではさすがにまずいと思って、ずっと気持ちを押し殺してきた。そればかりか、彼女が望むままのお兄ちゃん役にも徹したつもりだ。

 葵咲ちゃんが高校生になったら、どんな手段を使ってでも僕を1人の男として自覚してもらう。
 そう心に決めて、ある意味悶々(もんもん)と日々を過ごしていた。

 そんな僕の思惑を知ってか知らずか、葵咲ちゃんは小学4年生になった夏辺りから、どこかよそよそしくなり始めた。
 それを寂しく思うと同時に、ほんの少しだけありがたくもあり……。
 もしも幼いころのテンションのまま、「お兄ちゃん!」とくっ付かれ続けていたら……僕には自分の理性を抑える自信がなかった。

 そして何より――。
 彼女の、僕に全幅の信頼を置いたようなその態度は、僕から男としての矜持(きょうじ)を失わせそうで怖かったのだ。

 あんなにうるさかった蝉時雨(せみしぐれ)に、いつのまにかヒグラシのカナカナカナ……という切ない声が混ざり始めていたことに、僕は境内に入るまで気づかなかった。

(マジで一杯一杯だ……)

 そう、自覚する。
< 15 / 132 >

この作品をシェア

pagetop