僕惚れ①『つべこべ言わずに僕に惚れろよ』
退院
 目が覚めてから退院まではあっという間だった。

 幸い、頭を打ったことで心配された脳の損傷などもなく、経過は極めて順調で。

 眠っている間に(ひたい)を十針ほど縫われたらしいけれど、位置が割と上のほうで髪の毛に隠れるし、傷の大きさ自体も三.五センチ程度でそんなには目立たない、と医師から説明を受けた。

 僕は女の子じゃないから、顔に傷が出来たところでそんなに気にすることではない。

 傷口を大仰なガーゼと包帯に覆われた自分の顔を見て、怪我をしたのが葵咲(きさき)ちゃんでなくて良かった、と心底思う。

 もしあの時、彼女が僕のような目に遭っていたら……。

 そう考えるだけで、僕は恐怖に足がすくんだ。
< 57 / 132 >

この作品をシェア

pagetop