あなたに、キスのその先を。
 塚田さんが、係に私を迎えたことに対するお祝いの言葉を告げてくださる時も、私はすぐ横から聞こえてくる彼の声に半ば夢うつつで聞き惚れてしまっていた。ましてや、大好きな塚田さんが自分のことを話してくださっているのだと思うと、それだけで身体の(しん)がじわりと熱を持ってしまって。

「……わらさん、藤原(ふじわら)さんっ?」

 塚田さんに、気遣わしげに軽く肩に触れられて、私はハッと我にかえる。

「――挨拶(あいさつ)、できそうですか?」

 とても自然な動作でこちらに顔を寄せていらした塚田さんに、耳元でそう聞かれて、私はどうにかこうにか「が、頑張りますので、よろしくお願いしますっ」と何とも面白味のない言葉を発した。

 塚田さんの吐息が掛かった耳が、いつまでもじんとした熱を帯びていて、気を抜くと頭がぼんやりしてしまいそうになる。

 塚田さんの「乾杯!」の音頭(おんど)で、男性陣がビールジョッキを掲げたのが見えて、私は慌てて自分のグラスに手を伸ばす。

 お酒を飲んだことがない私は、大事をとってウーロン茶を頼んでいた。皆さんをならってそれを持ち上げると、周りが勝手に「かんぱーい」と言いながらグラスをカチン、と合わせてくださった。

(お酒の席なんて初めてですが、私、ちゃんと皆さんについていけるでしょうか)

 塚田さんの眼鏡がかかった横顔を、ウーロン茶を飲みながらチラリと盗み見しながら、私は小さく吐息を漏らした。
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