私のおさげをほどかないで!
 あわよくば、(りん)ちゃんが想い人と上手くいかなかったとき、付け入らせてもらいたいし。

 そう付け加えてふっ、と声を出して小さく笑ったのぶちゃんに、私の胸はギュッと締め付けられて苦しくなった。

 これは、のぶちゃんの精一杯の優しさだ。

 私が辛くならないように……自分が一番しんどいはずなのに、こんな風に気遣ってくれる。

 私は……のぶちゃんのそういう優しさが、子供の頃から大好きだった。
 のぶちゃんみたいな慈悲深い人になりたいって、ずっとずっと憧れていた。

「ん、付け入られないよう、頑張る……」

 泣きそうになるのをグッと堪えて、にこっと笑ってそう返したら「うん。頑張れ、凜子(りんこ)」ってつぶやくように言われた。

 凜子――。
 のぶちゃんから「凜ちゃん」以外の呼び方をされたのは、本当に久々だ。

 そういえば幼い頃はずっとこんな風に「凜子」って呼ばれてたっけ。

「有難う、信昭(のぶあき)お兄ちゃん……」

 私もその頃みたいに彼を呼んだら、のぶちゃんが一瞬驚いたように私を見つめてから、「うん」って微笑んだ。

 バイバイ、のぶちゃん。
 バイバイ、私の初恋の人――。

 歩き去っていくのぶちゃんの背中を見送りながら、私は心の中でそう、つぶやいた。
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