『request』短編集


(あ…雨降ってる…)





終業時刻まで残り数分。



書類を他部署に渡しに行った帰り道、私は廊下で窓の外を眺めていた。





(帰る時も降ってるのかな~…)





まあ折り畳み傘あるし、大丈夫か。



そういえば蒼空さんに折り畳み傘借りたことあったっけ。あの時蒼空さん代わりに濡れて帰っちゃったんだよね~…奥さんに怒られなかったのかな。




『奥さん』というワードが頭に浮かんでもフラれた今となればショックを受けなくなった。



前の私はもっと荒ぶってた気がするけど……今はもう全く何ともない。




もちろん蒼空さんのことが嫌いになったとかそんなんじゃなくて。寧ろ今でも好きだし尊敬しているけど、好きの度合いが違うというか……かっこいいとは思うけど恋愛としてじゃないというか。



なんて言えばいいのか分からないけど、とりあえず今は尊敬する先輩って枠に当てはまる。




顔のかっこよさは今でも見惚れてしまうレベルだけどね。





「………あ。お疲れ様です!」


「お疲れ様~」





ふわり、タバコの香り。



喫煙所から出てきた人が横を通り過ぎるとその匂いがした。




あの時と同じ匂い。



普段は吸わないと言っていた泉くんから香った匂いと同じ。




たったそんな事で胸がドキッと高鳴ってしまう。



泉くん本人がいたわけじゃないのに。あの時と同じだと思えただけで身体が反応する。





(こんなのもう……)





同期だとキッパリ告げられたとき胸が痛くなった。苦しくなった。



泉くんの中で私はただの同期としか見られてないんだと、知れば知るほどつらくなった。




この胸の苦しみには身に覚えがある。




奥さんがいると知って、触れたくても触れられなくてもどかしかったあの時と同じ。



そう……蒼空さんが好きだと気づいた時と、同じ。








「好きなんだ…泉くんのこと……」


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