トップシークレット☆桐島編  ~新米秘書はお嬢さま会長に恋をする~
『うん……。ママからの電話で聞いた時、わたし、目の前が真っ暗になったわ』

 彼女が受けたダメージは、かなりのものだったらしい。気丈に振る舞っているようでも、声はまだ沈んでいた。
 こういう時、ヘタな慰めは却って逆効果だ。僕のリアクションは相槌だけに留めておいた。

「お気持ち、お察しします。――泣かれたのは、ショックだったからですか?」

 僕が訊ねると、彼女はこう答えた。――ショックだったのもあるが、お父さまの苦痛を思うと苦しくなった。それに、お父さまの苦痛を代わってあげられないことがもどかしい、と。

「……うん、なるほど。お父さまのことを思って泣かれるなんて、絢乃さんは優しいですね。そんなお嬢さんに恵まれて、会長は幸せな方だと思います」

 僕の口から、自然とそんな言葉が出た。

 親が病気だと知って、ショックのあまり子供が泣いてしまうのはごく普通のことだ。……中にはそうでもない子供もいて、それが現実なのだが。
 けれど、彼女が泣いた理由はそれだけではなかった。病気だと、しかももってあと三ヶ月の命だと分かった父親の苦しみを自分のことのように感じ、それを自分が代わってあげられないことへのもどかしさ、悔しさから彼女は涙を流していたのだ。本当に父親想いのいいお嬢さんだと僕は思う。もちろん今でも思っている。
 そんないいお嬢さんを持てた源一会長は、すごく幸せだったのではないだろうか。本当に仲のいい親子だったのだなと思う。

『……えっ? そうかしら』

 僕のこのセリフを受けた彼女は、どうもピンとこないような口ぶりでそう言った。
 源一会長は多分、シャイな性格だったのだろう。自分のご家族にそういうことを口に出しては言えない人だったのだと思う。

「はい。多分、口ではおっしゃらないでしょうけど、心の中ではいつも感謝されてると思いますよ」

 僕も多分、自分では分かっていないけれど似たようなタイプの男だ。絢乃さんとのお付き合いが始まってからは、だいぶ変わったなと自分では思っているが、彼女がどう感じているのかは分からない。
 というか、日本人男性というのはきっと、元来そういうことを言わない人種なのかもしれない。そこは一種のお国柄、というべきか。

「――それで、お父さまは今、どうなさってるんですか? 今後の治療方針とかは聞かれました?」

 僕が一番気になっていたのはそこだった。源一会長が入院されるのか、在宅での治療になるのか。会社へは出社できるのか。
 彼は当時、我が〈篠沢グループ〉の大黒柱だった。もちろん会長職というのは名誉職だから、出社しなくても務まる。が、彼は仕事が生き甲斐のような人だったから、きっと病状をおしてでも出社されるだろう。社員としては、あまりご無理をして頂きたくなかったのだが……。
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