僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』

本文

「お母さんが庭に蒔(ま)いたコスモスの種を分けてくれたの」

　桜の花が終わり、新緑が目にまぶしくなってきた頃、葵咲(きさき)が夏咲きの「ソナタ」という品種のコスモスの種を丸山家(まるやまけ)から持ち帰ってきた。

　ヒョロリと細長く、干からびたように見える種からは、およそあの可憐な花が咲いてくるようには見えなくて、理人(りひと)は葵咲が手にした小袋に入った種を瞳を細めて見やる。

「これ、背があまり高くならない品種だから鉢植えでも大丈夫らしいの。……うちのベランダで育ててもいい？」

　大好きな恋人から、眉根を寄せて不安そうに問いかけられては、彼女を溺愛している理人が反対できるはずがない。

「もちろん。鉢とか買ってこなくちゃいけないね」

　言ったら、ホッとしたように「ありがとう」とニコッと微笑まれた。

　それだけで、理人は舞い上がるくらい嬉しくて。
　思わず緩みそうになってしまった顔を隠すため、足元にまとわりついていた愛猫(セレ)をヒョイと抱き上げて、「うまく育つといいね〜」と艶やかな黒毛に頬を擦り寄せるようにして顔を伏せた。
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