追憶の君
どうせなら最後に綺麗なものを見てから死のう。僕は美しくネガティブな感情を携えて、都会の喧騒とは無縁の田舎まではるばるやってきた。

背中にはリュックが背負われていて、その中には首吊り用のロープが詰まっている。生々しい重みを背中に感じながら僕はひたすらに歩を進める。

観光案内雑誌の見開きのページにデカデカと載っていた月があまりにも綺麗で、是非ともそれを生で見てみたいと思った。

星が綺麗に輝く空にまん丸の月が闇夜を照らしている幻想的なショットに心を奪われた。僕はこれを見る為に生まれてきたんだって思えるぐらいの一目惚れで、雑誌を見た瞬間に身も心も震えた。

出来る事なら誰にも邪魔されたくない。この光景を独り占めした後で、誰にも知られずにひっそりとあの世に行きたい。

そう思った僕は出来うる限り深夜の時間を狙って、一番遅い時間に最寄駅に着く様に計算して自宅を出た。

勿論、帰りの電車は無いが、もう帰ってくる事はないので構わない。いちいちそんな事を考えていたら、あの幻想的な光景がどこかくすんでしまいそうな気がして、僕は雑念の一切を取り払った。

最寄駅に着くと、何処か都会とは違う自然の匂いが優しく鼻を包んだ。まるで僕がここへ来る事を歓迎してくれている様だった。
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