御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
最近の私


 「沢渡さん、お茶飲んで帰らない?」
 仕事が終わった後、バイト仲間の宮下あずさからそう言われた。
「ごめんなさい。今日はちょっと用事があって」
「沢渡さん、いつも忙しいよね?ダブルワークとかしてるの?」
 あずさが不思議そうな顔をする。確かに、あずさからお茶に誘われるたびに断っているので、訝しがられても仕方がない。
「実家の母が病気がちで。時々顔見に行ってるの」
 夏美は心の中でお母さん、ごめんなさい、と言った。夏美の母はちょっと腰が痛いくらいの健康体で、時々どころかこの三年くらい顔を見ていない。
「そうなんだ。親孝行はいいことだよね。わかった。また誘うね」
「うん。ありがとう」
 宮下あずさが、さっぱりした性格でよかった、と夏美は心から思った。しつこくきかれたら、本当のことを言わなくてはいけなくなる。
 給料日前だから、似顔絵描きのバイトしてます、なんて、絶対に言えない。
 宮下あずさが次に何か言う前に、さっとコートを羽織って、コールセンターを後にした。夏美がこのコールセンターにテレフォンオペレーターのバイトを始めて、もう三年近くなる。産地直送便のフルーツを扱う会社だ。お得意様に向けて、そのときどきの旬のフルーツをおすすめする、アウトバウンドのチームに、夏美は所属している。お客様がいわゆる富裕層が多いので、気前よく購入してもらえるし、断る時もおっとりとやわらかな対応をしてもらえる。飛び込み営業みたいなテレフォンアポインターの仕事とは違って、お客様にキレられることもない。
 このバイトにして、よかったな、とよく思う。座り仕事だから、くたくたにならない。うちに帰ってから、絵を描くエネルギーは何とか残っている。
 夏美はイラストレーター志望の二十六歳だ。なので、バイトが終わると出版社へ持込用のイラストをせっせと描いている。美術系の短大を卒業して、絵画教室のアシスタントの仕事をしていたが、その絵画教室がつぶれてしまったのが三年前。アシスタントをしながらイラストで食べられるようになろう、という計画は見事に頓挫した。
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