御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
夢がかなうとき
 十日が経った。バイトが終わってからの時間に、せっせと描いた甲斐があって、風景画のポスターは完成した。きちんとコンテストの宛先に送付することもでき、ひとまずは、ほっとした。電話で完成の報告をすると、隆は「よく頑張ったね」と褒めてくれた。本当はすぐにでも会いたかったが、隆が忙しそうなので無理は言わなかった。
 翌日は、さっそく隆の言っていたリリス出版に持ち込みに行くことにした。
 リリス出版は、さすが老舗、という風格のあるビルだった。玄関ホールも広く、リリス出版が出した絵本のキャラクターの人形などがあって賑やかだ。
 アポをとった時に来るように言われた六階フロアの会議室のドアをノックする。
「どうぞ」
 いざとなると、夏美は喉がカラカラだった。イラストの持込は今までも何十回もしたけれど、慣れるものではない。担当編集者がどんなリアクションをするかで全てが決まってしまう。ドキドキしながら夏美はドアを開け、中に入った。
「はじめまして。沢渡夏美と申します」
「はい。まあ、そこにかけて。僕は、リリス出版の絵本を担当してます。戸坂といいます」
 40代くらいの、スーツを着た落ち着いた男性が言った。会議室のテーブルをはさんで向かいあう形になる。
 えほん…?
 夏美は、特に絵本の担当者に会うよう申し込んだわけではなかったので、驚いた。
「早速ですが、作品を見せてもらってもいいですか?」
「は、はい」
 疑問符が頭に浮かんできて、戸惑いながらも机に作品を置く。隆が「これがいいよ」と言っていたものを持ってきた。
「ふうん…なるほど、ね」
 戸坂は、頷きながら、イラストを見ていく。
 戸坂の表情からは、夏美のイラストをどう思っているか読み取れない。どうなんだろう、と夏美はドキドキしてしょうがなかった。 
 次の瞬間、ドアをノックする音がした。戸坂が言う。
「どうぞ」
「お茶をお持ちしました」
 その声を聞いた瞬間、夏美は振り返った。
 隆が、スーツを着て、コーヒーカップを乗せたトレイを持っている。
「た…隆さん!」
「ああ、副社長、自らすみませんね」
 え?今、なんて?
 夏美が固まっているのをよそに、隆はカップを戸坂と夏美の前に出した。それからすとん、と戸坂の隣に座った。
「はじめまして。リリス出版、副社長の中河隆です」
「ふ、ふく…!」
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