若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 驚くマツリカの反応を気にすることなくあっさりとはなしを切り替えたカナトは、廊下の奥に位置する扉を指して、「ここだよ」と明るい声をだす。たしかに「Manager」とだけ記された銀のプレートが観葉植物やハイビスカスを象った南国風のインテリアに溶け込むように置かれている。
 コンコン、とノックをすればすでに話が通っているのか「どうぞ」という返答が響く。

「失礼します、ご無沙汰しております鳥海です」
「おお、正路のせがれか。また背がのびたのではないかね」

 アロハシャツ姿の老紳士はカナトの姿を認めるなり破顔して懐かしそうに声をあげた。彼が、マツリカの父とともに事故当時船に乗っていた仰木なのだろう。それにしてはずいぶん馴れ馴れしい。元社員と社長の息子の会話というよりは老人と孫にしか見えない組み合わせだ。
 マツリカの反応を面白がるように、カナトは告げる。

「彼は仰木理三郎さん。五年ほどまえまで鳥海海運で働いていた元航海士だ」
「しがない船乗りですよ。ほんとなら一生海の上で過ごすつもりだったんだがなぁ、いかんせん足を悪くしちまってね」
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