若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 父親が勤めていたのが鳥海海運のシンガポール現地法人だったことだけは覚えている。だからマツリカは鳥海海運にかかわる会社を就職先に選んだのだ。
 もしかしたら彼はシンガポールの日本人学校でともに学んでいたのかもしれない。だから名前だけが記憶に――?

「キザキちゃん大丈夫? 顔色悪いけど」
「すこし休めば大丈夫です。ちょっと立ちくらみがしただけで」
「航海から十日も経てばそろそろ疲れも出てくるわね、キザキちゃんにとっては初めての長距離クルーズだし」
「デスクに戻る頃には復活します」
「そう。無理しないで休んでなさい。他のコンシェルジュにも伝えておくから」
「ありがとうございます」
「明日は仕事の合間にハワイ観光楽しみましょ? みんな久々の陸地に浮かれてるわ」

 そういって仕事に戻る先輩を見送り、マツリカはソファで呼吸を整える。
 すこし早い時間だが休憩を取ってサンドウィッチを口に入れた。具合がなんとなくよくなかったのはただ単に空腹だったからかもしれなかった。ベーコンとレタスのサンドウィッチをひとつ食べ終えて落ちついたマツリカは、すっきりした表情で考えを巡らせはじめる。
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