若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 事故が起きたのは十五年前の冬のはじめの頃のことだ。幼いマツリカが体験した父の早すぎる死と彼の会社で起きた不祥事が深い心の傷になっているのも納得できる。十五年前の晩夏にシンガポールの海水浴場で自分と出逢ったことをすっかり忘れているのは、そのせいだろうと推測し、カナトはぽつりと呟く。

「それじゃあ、貴女はキャッスルシーのスパイではないと?」
「マイくん……義弟が、更なる国外進出に向けてリサーチをしていることは知ってましたが、あたしがスパイだなんて……そんなことありえません」

 国内業界五位のキャッスルシーは主にアジア近郊の貿易輸送、離島向けのフェリーを運航している会社になる。鳥海運輸と異なりケミカルタンカー事業には携わっていないが、自家用車の輸出入をはじめ食料品など近隣諸国と小回りの利く貿易にちからを入れている。国の事業を引き継いだ日乃本や財閥系の横須賀とは異なり、鳥海海運同様戦後の瀬戸内海のちいさな造船所からはじまり財を築いた城崎の一族は国内では異端扱いされている。
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