アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
落ち着いた笑顔で砂をはたくクロードさんに、私は声をかけた。
「お父さん」
起き直ったクロードさんが無表情になる。
「失礼ながら奥様、何か」
私はもう一度同じ言葉を言った。
「お父さん」
クロードさんが静かに笑みを浮かべる。
「小学生が教師に呼びかけるときの間違いにありがちでございますな。わたくしも覚えがございます。女性教師にお母さんと呼びかけて、『私はあなたのママではありません』と、宿題を倍にされたものでございます」
「クロードさんはジャンの本当のお父さんですね」
表情を硬くしたクロードさんが庭園を歩き回るクロエを見つめる。
しばらく待ってみても、答えは返ってこなかった。
「お母さんが……、アレクサンドラさんが言ってました。『愛し合って生まれた自慢の息子』だって。お母さんは肖像画の夫とは政略結婚させられて、そこに愛はなかった。なら、その愛はどこに……」
クロードさんが人差し指を立てた。
「いけません、奥様」
「でも……」
うなずきながらもう一度人差し指を立てる。
「ならば、年寄りの退屈な話におつきあいください」
ため息をつきながらクロードさんが昔の話を始めた。
「ジャン様からお聞きになったのございましょうが、過去にはいろいろなことがございました。ですが、それはすべてもう過ぎ去ったこと。その結果が今のこの形なのでございます。みながそれを受け入れ、その毎日を生きている。それを今さら崩すことに意味はございません。本当の父親、血のつながり、法的な親子、そのどれにも意味はありません。ただの言葉遊び。今の姿が答えなのです」
「はい」と、私はうなずいた。
「あくまでもその前提でのお話でございます」と、クロードさんが静かに言葉を継いだ。「旦那様がお亡くなりになったあの日、わたくしはアレクサンドラ様と一緒ではありませんでした。わたくしは外に出ておりましたが、途中で引き返したのでございます」
「でも、それならどうしてお母様は自分の居場所を隠していたんですか」
「あの日、アレクサンドラ様はすべてを投げ出すつもりでわたくしを呼び出しておられました。日本で言う『カケオチ』のつもりだったのでございます。ですが、わたくしは約束の場所へ行きませんでした。最後まで迷いましたが、それが奥様のためだと身を引く決意を固めたのでございます。ただそのせいで、本当にアレクサンドラ奥様のアリバイを証明する者がいなくなってしまったわけですが」
「そうだったんですか」
「結果としてわたくしが奥様自身ではなく、そのお立場を守ろうとしたことが、奥様にとっては裏切りと思えたのでしょう。その瞬間、わたくしは教え導く憧れの対象から、ただの弱い男に成り下がった。夢はいつしか覚める。でも、そうでなければならなかった。目を覚まさせることも男の役目。それがわたくしなりの責任の取り方だったのでございます。奥様はすべてを終わらせることになされた。そして、城館を去ってお一人の暮らしを始められたのです」
だから、お母さんにとってパリの街は『退屈な風景』なんだ。
皮肉でもなんでもない魂のため息。
「わたくしもそれまでと変わらずジャン様にお仕えすることに決めた。その結果として、今の家族の姿がある。だから、この話はそれで終わりでよいのです」
「それがお二人の愛の形なんですね」
「お父さん」
起き直ったクロードさんが無表情になる。
「失礼ながら奥様、何か」
私はもう一度同じ言葉を言った。
「お父さん」
クロードさんが静かに笑みを浮かべる。
「小学生が教師に呼びかけるときの間違いにありがちでございますな。わたくしも覚えがございます。女性教師にお母さんと呼びかけて、『私はあなたのママではありません』と、宿題を倍にされたものでございます」
「クロードさんはジャンの本当のお父さんですね」
表情を硬くしたクロードさんが庭園を歩き回るクロエを見つめる。
しばらく待ってみても、答えは返ってこなかった。
「お母さんが……、アレクサンドラさんが言ってました。『愛し合って生まれた自慢の息子』だって。お母さんは肖像画の夫とは政略結婚させられて、そこに愛はなかった。なら、その愛はどこに……」
クロードさんが人差し指を立てた。
「いけません、奥様」
「でも……」
うなずきながらもう一度人差し指を立てる。
「ならば、年寄りの退屈な話におつきあいください」
ため息をつきながらクロードさんが昔の話を始めた。
「ジャン様からお聞きになったのございましょうが、過去にはいろいろなことがございました。ですが、それはすべてもう過ぎ去ったこと。その結果が今のこの形なのでございます。みながそれを受け入れ、その毎日を生きている。それを今さら崩すことに意味はございません。本当の父親、血のつながり、法的な親子、そのどれにも意味はありません。ただの言葉遊び。今の姿が答えなのです」
「はい」と、私はうなずいた。
「あくまでもその前提でのお話でございます」と、クロードさんが静かに言葉を継いだ。「旦那様がお亡くなりになったあの日、わたくしはアレクサンドラ様と一緒ではありませんでした。わたくしは外に出ておりましたが、途中で引き返したのでございます」
「でも、それならどうしてお母様は自分の居場所を隠していたんですか」
「あの日、アレクサンドラ様はすべてを投げ出すつもりでわたくしを呼び出しておられました。日本で言う『カケオチ』のつもりだったのでございます。ですが、わたくしは約束の場所へ行きませんでした。最後まで迷いましたが、それが奥様のためだと身を引く決意を固めたのでございます。ただそのせいで、本当にアレクサンドラ奥様のアリバイを証明する者がいなくなってしまったわけですが」
「そうだったんですか」
「結果としてわたくしが奥様自身ではなく、そのお立場を守ろうとしたことが、奥様にとっては裏切りと思えたのでしょう。その瞬間、わたくしは教え導く憧れの対象から、ただの弱い男に成り下がった。夢はいつしか覚める。でも、そうでなければならなかった。目を覚まさせることも男の役目。それがわたくしなりの責任の取り方だったのでございます。奥様はすべてを終わらせることになされた。そして、城館を去ってお一人の暮らしを始められたのです」
だから、お母さんにとってパリの街は『退屈な風景』なんだ。
皮肉でもなんでもない魂のため息。
「わたくしもそれまでと変わらずジャン様にお仕えすることに決めた。その結果として、今の家族の姿がある。だから、この話はそれで終わりでよいのです」
「それがお二人の愛の形なんですね」