背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜
 一花が女子トイレに入ってすぐ、尚政と同じ学部の女子が三人ドアの前に立つと、入ろうとする人に対して、
「今清掃中なんです。ごめんなさい」
と言っているのが聞こえた。

 急に嫌な予感に襲われる。ドアの前に立つ女子のグループは知っている。しかし一人足りない。

 尚政は慌てて女子トイレの前にいるメンバーに声をかけにいく。

「俺の連れが中にいるんだけど」
「あっ、うん、中にいる人が出たら清掃が始まるのよ。だから人払いを頼まれただけ」

 そう話す女子は尚政と目を合わそうとしない。どう見ても怪しい。

「なぁ、原田はどこにいるんだ?」

 尚政が言うと、三人は明らかに動揺する。しかしその後すぐにドアが開いて女が一人出てくる。

 やっぱり……。中から出てきたのは原田だった。

「げっ、なんでいるの⁈」
「気付かれちゃったのよ」

 コソコソ話しているつもりだが、尚政には筒抜けだった。

「中で何してたんだよ」
「えっ? あぁ、ちょっとおしゃべりしてただけ」
「人払いまでしてか?」
「いいじゃん。みんなあんたの彼女がどんな子か気になってたんだし。地味だけど、まぁいい子だと思うわよ」

 一花を褒められ、尚政が照れた隙に原田は走り去る。

「お、おい!」

 追いかけようとしたが、一花が女子トイレから出てくるのが見えたため諦めた。

* * * *

 外では尚政が先ほどの女性に何か話していたが、一瞬の隙をついて逃げ出すのを目撃した。一方の尚政は一花の姿を見るなり慌てて走り寄る。

「一花、大丈夫だった⁈ 柴田に言われてたのに、女子トイレは盲点だった……」

 事情を知っているようなので、一花は敢えてその話題には触れなかった。

「少し話しただけだから大丈夫だよ」
「本当にごめん……」

 一花は尚政の手を取ると、賑やかな人の流れの中に入っていく。

「一花?」
「……私やっぱり先輩と一緒に大学に通いたかったなぁ」

 人から聞く先輩の話は嬉しいものが多い。だけど私は実際に見たことがないし、想像するしか出来ない。

「一緒に登校したり、休み時間を一緒に過ごしたり……どうして四才も離れてるのかな……」

 進行方向から来た人にぶつかり倒れそうになると、尚政の手が一花の体を咄嗟に支える。そしてそのまま一花の腰に手を回して抱き寄せる。

「俺も今日一花と大学にいてさ、初めて楽しいって思えたよ。年齢のことはどうしたって変えられないけど、今日はそういう気分を味わうための大学デートじゃない? 俺は一花がいてくれる今日を大事にしたいんだ」
「……なんか今日は私が励まされることが多いね」
「いろいろあったしね、きっと疲れちゃったんだよ。そういう時は俺にどんどん甘えてよ」

 悪戯っぽく笑う尚政に、一花はドキドキする。そんなこと言われたら、気持ちが抑えられなくなっちゃいそう……。

「ありがとう、先輩」
「俺の方こそ、今日は来てくれてありがとう」

 本当のことを言うとね、優しい先輩を独り占めしたい。でもそんなことは、口が裂けても言えない。

「そろそろ帰る?」

 一花はただ頷く。

 帰るまでの間だけでいい。今だけは私だけの先輩って思わせてね……。
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