背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜
* * * *

 五月の快晴の下、中等部の体育祭が行われていた。

 校庭全体を使って行うため、土曜日が中等部、日曜日が高等部で分かれていた。そのため今日は高校生が何人か手伝いとして参加していた。

 そんな中、一花は医務室までの道を歩きながら落ち込んでいた。先ほど参加した五十メートル走で派手に転び、最下位になってしまったのだ。

 恥ずかしくて死にそう……ゴール手前で顔からいっちゃうなんてありえない。放送でも大々的に転んだことが流れた上、学校中から頑張れコールまで受けてしまった。

 もう顔を上げて校舎内を歩けないかもしれない……。

 鼻の頭がヒリヒリする。一花はため息をついた。思わず下を向いたまま立ち尽くす。

 その時突然肩を叩かれ、一花はびっくりして後ろを振り返る。

 そこには高校の制服を着た男の人が立っていた。一花の鼻の頭の怪我を見て微笑む。

「さっき派手に転んだ子だよね。いつまでも来ないから迎えに来たよ」

 端正な顔立ち、その優しい声に一花は少しだけドキドキした。見た目はかっこいいのに、雰囲気や物腰は柔らかい。

「す、すみません……。なんか恥ずかしくて……凹んでました……」
「あはは、まぁ結構な勢いだったしねぇ。でも一生懸命走った証拠じゃない? 恥ずかしがることなんかないよ」
「……そうなんですか?」
「そうそう。あとちょっとだったのに〜って笑い飛ばせばそれでおしまいだよ」

 その人は一花を医務室前の水道に連れて行くと、膝を洗い始める。

「一応水洗いしてから、消毒と絆創膏ね」

 医務室の中に入り、消毒をしてから大きめの絆創膏を貼ってくれた。手際良い動きに、一花は口を挟む暇もない。

「あっ、鼻の上もか。ここはそのまま消毒しちゃうね。絆創膏はどうしようか? 女の子だし、こういうのって逆に恥ずかしかったりする?」

 一花は少し考えてから頷いた。頭の中にガキ大将の男の子をイメージし、ぞっとする。

 するとその表情の変化に気が付いたのか、絆創膏を一花に手渡した。

「もし貼りたくなった時は使って」
「あ、ありがとうございます……」

 その人はにっこり微笑むと、一花の頭を撫でてくれた。その瞬間、一花の心臓がまるで早鐘のように鳴り始める。

「よく頑張りました」

 子ども扱いでも、褒めてもらえたようで嬉しかった。でも何故だろう。急に息が苦しくなる。

「あの……今日は高校生が医務室の当番なんですか?」
「う〜ん……俺は急遽の手伝いかな。さっき三年生の男子が騎馬戦で落下したでしょ? 先生、その子を病院に連れってるから、その間俺が留守番」

 確かに一時中断して生徒が医務室に向かっていたが、そんなに重傷とは知らなかった。

 一花はふとその人の胸についた名札に目を留める。

千葉(ちば)尚政(なおまさ)

 緑の学年章をつけているから、きっと三年生だろう。

 名前を知った途端、今度は頬が熱くなる。なんだか今日の私はおかしい……。早いところみんなの所に戻ろう。

「あの、ありがとうございました!」
「はい、お大事にね」

 再び校庭に出てから、もう一度医務室を振り返る。彼が手を振っていたから、一花はお辞儀をして走り出した。

 なんでこんなにドキドキしてるんだろう? 息が苦しいんだろう? 頬が熱いんだろう?
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