short novel キス
「ノリコは、あいかわらずなんでしょ」
カプチーノのカップを置いて、泡のついた上唇を舐めてからマリはゆったりと微笑んだ。
「まあ、ね」
ああ、云ってしまった。
私はストローの先でカフェモカの上にのったホイップクリームをすくって、口に運んで、いかにも自然にそうしてみせながら後悔した。
幸せそうなひと相手に、云えないよ。2年半つきあった彼氏が浮気した話なんて。
甘い、なめらかなホイップクリームが口の中で溶けていく。まったりとしたあと味だけ残して、消えてなくなる。
ある日訪れたアキラの部屋で、ソファがわりにいつも腰掛けるベッドの枕元に、長い髪の毛を発見した。なにより私は、あぁマンガみたい、そう思った。アキラ、私が長かった髪をショートヘアにしたのは、もう2年半も前の話だよ、って。
私はすごく哀しかったけれど、アキラはいつも通りニコニコしてた。
私はすごく哀しかったけれど、一緒にニコニコした。
私はすごく哀しかったけれど、せがんだキスで、幸せを感じた。
「ねぇ、いつまでも好きでいられそう?」
あたしはちょっと困った。なんてこと聞くのだろう。
あたしはそもそもまだ好きでもないの、云いそうになる。
でもあたしはきっとまた、トシユキとキスするんだろう。
「マリは、そうでしょう」
私はちょっと困った。なんてこと云うのだろう。
私はアキラを許せるだろうか。
でも私はきっとまた、キスで忘れてしまうんだろう。
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