ピアニスト令嬢とホテル王の御曹司の溺愛協奏曲
「えっ……?」

 ぽかんと呆けた私は、ゆっくりと自分の手を見下ろした。そこには、見事に咲き誇った大輪の薔薇が一輪。
 それを認めた瞬間、私ははっと息を呑んだ。
 ウォールデン系列のホテルと、薔薇の花。その二つが結びついた時、私の中に一つの名前が浮かび上がってきたからだ。

「まさか、あなたは……私のパトロンのエルさん?」
「ご名答です」
「嘘、そんな、本当に……!?」

 ウォールデン・パスを使ってホテルに宿泊すると、その部屋には必ずエルさんからの贈り物である大輪の薔薇が生けられていた。
 ルイの行動はまさにそれを彷彿とさせるものだったからこそ名を口にしたわけではあるが、これまで一度たりとも顔を見ることの出来なかった人が目の前にいるだなんてなかなか信じ難く、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
 しかし考えてみれば、ウォールデンの御曹司ならば各地のホテルを使わせてくれる権限を持っていても納得だし、ルイの綴りの頭文字も「L」である。
 彼の発言は、筋が通っているといえばその通りなのだ。

「突然正体を明かすような真似をして、さぞや驚かれたでしょう。私自身、パトロンとして陰から六花さんを支えることに徹するつもりでした。しかし、手の届かないような誰かならばまだしも、兄という身近な存在とあなたが結ばれるということを想像したら、指を咥えて見ていることはどうしても出来なくて。困らせてしまうとは分かっていても、この心を告げずにはいられなかったのです。……あなたを愛する、私の心を」
「……っ!」

 ……何ですって? 私を愛していると、彼はそう言ったの?
 すぐには発言を受け止められなくて、私は上手く反応することが出来ない。
 嬉しくない、というわけではない。だって、私はエルさんに恋をしてきたのだから。恋しい人に告白されるなんて夢のようだと思う。
 ただ、その喜びを凌駕するほどに、予想外の出来事の連続でもう脳内がキャパオーバーなのである。
 想像上の存在に近しかったエルさんという人が突然生身の人間として立ち現れてきたばかりか愛さえ乞うてくるなんて、考えたこともなかった。
 しかも、レオの存在もあるというのにルイの申し出を安直に受けたりしたら誠実さに欠けるのではないだろうか。
 許されるならば、一回頭を冷やしてから冷静に返答したいところだ。しかし、彼は言葉を止めずに畳み掛けてくる。

「兄と正式に婚約していたならば、私もこのような申し出はしなかったでしょう。ですが、そうではないのだとしたら……私にも兄と同じようにチャンスがほしいのです。あなたの心を得る努力をすることだけは、どうか許してはいただけませんか」

 真摯に、切実に、ルイは訴えてくる。そう言われてしまえば断りにくくて――。

「分かり、ました」

 ――戸惑いながらも、最終的には首を縦に振ったのだった。
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