冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


 トンと腕を小突く私に、椿さんは楽しげに口角を上げる。

 ああ、やっといつもの調子が戻ってきた。このじゃれあいが懐かしいな。心の距離が近づいた今は、とても居心地が良い。

 政略結婚で結ばれたふたりが、ようやく夫婦のスタートラインに立った。もう籍を入れているのに、初めての恋愛のようでワクワクする。

 ゆっくり進んでいこう。私たちのペースで良いんだ。


「帰ったら、薔薇を冷蔵庫に移すか」

「あっ、そうだった」


 ふたりの笑い声を合図に、車にエンジンがかけられて走りだす。

 七本の薔薇の意味は“ひそかな愛”。特に深い意味の込められていない花束に、椿さんに片想いをしている気持ちが見透かされた気になっていた。

 彼が花言葉を知っていてあえて七本にしたのなら、無言の告白だったのかしら。

 お互い臆病で嫌われるのを恐れ、意地を張って伝えられなかった気持ちが通じ合った後は、怖いものはない。

 夜の街を黒いセダンが走る中、ふんわりと甘くて温かい空気が、ふたりを満たしていったのだった。

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